Santa Lab's Blog


「宇津保物語」楼の上(その8)

小君には、「麻呂が弟におはしけれど、子のやうに思ひ聞こえむ」など、いとよう語らひ聞こえ給ふ。いと思ふやうにめでたき様にて、かうのたまへば、見馴らひ給はぬ幼き心地には、いとうれしくて、「まろも、思ひ聞こえむ」など聞こえ給ふに、「おはせ」とあれば、入り給ひぬ。御乳母めのとなど、限りなく喜ばしう思ふ。




小君には、「わたしの弟ではあるが、我が子のように思うことにしよう」など、懇ろに申しました。願うままのうれしい言葉を、かけられて、慣れぬ幼な心には、とてもうれしくて、「わたしも、そう思うことにします」など答えました、「こちらにおいで」と声がしたので、小君は局に入りました。乳母たちは、限りなくうれしく思いました。



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# by santalab | 2017-12-01 20:51 | 宇津保物語 | Comments(0)


「宇津保物語」楼の上(その7)

思ひ当てに、かの見給ひし手よりは、いとなまめかしうあてに書きたれど、「それなめり。げに、まがへる心かな」と思す。立ち返り、「心憂く。もて離れては思されじものを。『今よりは、親などとこそ頼み聞こえさせむ』と思う給へられるれ。いと忠実まめやかに、年来、『いかでものせさせ給ふらむ』と嘆き聞こえ給ひて、『思ひのほかならむ御様にてものせさせ給はば、御迎へも、いかでか』などなむ聞こえ給ふ。一人、心細くて思う給ふるに、いとうれしく見奉るも、いと頼もしくなむ思え侍る。『殿をば、かたじけなけれど、さる方に思ひ聞こえ給ひて、心安く思はば、取り分きて』となむ、君には語らひ聞こえさする」と聞こえ給へり。




大将【藤原仲忠】の思うところ、あの歌の字に比べて、たいそう魅力的で上品な筆跡でしたが、「あの女に間違いない。まさか、疑っておるのでは」と思いました。再度、「悲しいことです。他人と思ってほしくはありません。『これからは、親とでも思って頼りにしてほしい』と思っております。右大臣殿【藤原兼雅】もたいそう心配して、最近は、『いったいどうしておるのであろう』と悲しんで、『もし思いもしない暮らしをしておるのなら、迎えに、行かぬことがあろうか』などと申しております。ただ一人、物忌みに出かけて心細く思っておりましたが、幸運にも巡り会うことができました、なんとも頼もしい仏であることかと思っております。『殿【藤原兼雅】を、もったいなくも、夫と思われて、頼みとされるのならば、とりわけ大切にするよう』と、君【宮の君。藤原仲忠の長男】にも話しましょう」と伝えました。


続く


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# by santalab | 2017-11-02 08:44 | 宇津保物語 | Comments(2)


「宇津保物語」楼の上(その6)

取り入れさせて、見給へば、「大将の御手なめり。いといみじう恥づかしう。いかに見給ふらむ」と思え給へど、「仏の御しるしもあらむ」と、うれしう思す。白き色紙に、「いとおぼつかなう思ひ給へらるれど。

渡り川 誰か尋ねむ 浮き沈み 消えては泡と なり返るとも
え思えずぞ侍る」とも書き給へり。




女は文を取り入れさせて、見れば、「大将【藤原仲忠】の字ではありませんか。なんと恥ずかしいこと。どう思っておられるのでしょう」と思いましたが、「仏のお陰でございましょう」と、うれしく思いました。白い色紙に、「きっとお人違いでございましょう。

渡り川([三途の川])を訪ねる人がおられるとはとても思えません。たとえこの身が浮いては沈み消えて泡のようにはかなくなろうとも。
まったく身に覚えのないことでございます」と書いてありました。


続く


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# by santalab | 2017-10-25 15:11 | 宇津保物語 | Comments(0)


「宇津保物語」楼の上(その5)

いとうつくしげに見給へば、見合はせ給ひて、扇して招き給へば、うちみて、ふとおはしたり。内に、いとあてなる声にて、「かれ呼び給へ。かの君は、いづちぞ。あな見苦し」と言へば、「おはしませ。おはしませ」と言へども、聞かず。大将、膝に据ゑ給ひて、「母君は、ここにか」とのたまへば、「おはすめり」。「が御子ぞ」。「知らず」。「御てては、誰とか、人は聞こゆる」。「『右の大将』とかや、人は言へど、まだ見え給はず。呼ぶなり。まうでなむ」とて立ち給ふ。「怪しきことかな。西の対の君にこそ。『稚児ありしを、ただ一目見ずて、祖母おば君になむ、かなしうて取り籠めてし』とのたまひしにやあらむ。いとあはれにもあべきかな。それにやあらむ。なほ、気色見む」と思して、硯召し寄せて、

「渡り川 いづれの瀬にか 流れしと 尋ねわびぬる 人を見しかな
思えさせ給ふや。忠実まめやかには、いかでか奉りにしかな。しるべは、いとよう、ここに」と書き給うて、上に近う使ひ給ふ童して奉り給ふとて、「この御返り賜うてなむ、若君を」と聞こえ給ふ。




大将【藤原仲忠】がなんと可愛い子かと眺めていると、目が合ったので、扇で招くと、微笑みながら、たちまちやって来ました。局の内から、とても上品な声で、「あの子を呼んでください。あの子は、どこですか。誰かに見られでもしたらとても恥ずかしいこと」と言ったので、乳母は、「こちらにおいで。こちらにおいで」と呼びましたが、子は言うことを聞きませんでした。大将【藤原仲忠】は、膝の上に子を乗せて、「母君は、ここにおられるのか」と訊ねると、「おります」。「そなたは誰の子か」。「知りません」。「父は、誰と、人は申しておる」。「『右の大将』とか、人は言いますが、まだ会ったことはありません。乳母が呼んでいます。行かなくては」と言って立ち上がりました。大将【藤原仲忠】は「不思議なこともあるものよ。西の対の君に違いない。『子が生まれたが、ただ一目も見ず、祖母君に、悲しいことに引き取られた』と申しておったのではないかな。たいそう哀れな話よ。きっとそうに違いない。なお、確かめてみよう」と思い、硯を召し寄せて、

「いずれの瀬に流れることかと、探し求めていた人ではありませんか。
あの歌を覚えていますか。ぜひ、右大臣殿【藤原兼雅】の許へお連れいたしましょう。案内のことは、心配ありりません、わたしに任せてください」と書いて、女が近く使う女童に文を渡して、「この返事をいただけば、若君をお返しします」と伝えました。


続く


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# by santalab | 2017-10-24 10:20 | 宇津保物語 | Comments(0)


「宇津保物語」楼の上(その4)

この御局の傍らにとどまりたる人、いとあてやかにゆゑゆゑしき声して、上に、人二人ばかり、下仕へなめり、人にいたうも隠れで、几帳のほころびより見えたるも、目安し。大徳だいとこの、御堂みだうの内より来ためれば、乳母めのとなるべし、さやうの大人大人しき声にて、「この君の御こと、よかんべく祈り給へや。『親におはする殿に知られ奉り給へ』と申し給へ。上いと心苦しうなむ思し嘆くを見奉る」など言ふ。「親子あるにやあらむ。あはれなることなりや。親を見ず知らざらむよ。誰ならむ」と聞き居給ふほどに、八つ九つばかりなむ男子をのこご、髪もよほろばかりにて、掻練かいねりの濃きうちき一襲、桜の直衣のいたう萎れ綻びたるを着て、白ううつくしげに、貴にうつくしげなる、化粧けさうもなく、ただ、見に立ち出でて、の方見立ちたり。よう見給へば、宮の君の顔に似たり。声は、いと貴になまめかしう、愛敬あいぎやう付きて、幼げにも、物など言ふ。




大将【藤原仲忠】の局のとなりに人がいました、とても優雅にして上品な声がしました、女房に加えて、女が二人ほど、下仕え([雑用を務めた女])でしょうか、人からさほど隠れもせず、几帳のほころび([衣や几帳などで、縫い合わせないで間をすかせてあるところ])より見えるのも、見苦しくありませんでした。大徳([高僧])が、御堂の内から現れると、乳母でしょう、相応の落ち着いた声で、「この君のこと、よろしく祈りなさいませ。『親であられる殿がこの君のことをお知りになりますように』と申されよ。上がたいそう心苦しそうに嘆いておられるのを知っておりますれば」などと言いました。「父親と離れた親子ではないか。哀れなことだ。あの子は父親に会ったこともなく誰かも知らずにいるのではないか。あの女はいったい誰であろう」と聞きいていると、八つ九つばかりであろう男の子が、髪の丈はよほろ([膝の裏側のくぼんだ部分])ほど、掻練([練って柔らかくした絹])の赤い袿([貴族の男性が狩衣や直衣の下に着た衣])一襲に、桜色の直衣([貴族の平常服])のたいそうくたびれて綻んだのを着ていました、白く美しく、品がありかわいらしい子が、愛想を振りまくこともなく、ただ、見に立ち出て、外の方を向いて立っていました。よくよく見れば、宮の君【藤原仲忠の長男】の顔に似ていました。声は、とても上品で若々しく、愛敬があり、幼いながらも、口調はしっかりしていました。


続く


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# by santalab | 2017-10-13 14:42 | 宇津保物語 | Comments(0)


「宇津保物語」楼の上(その3)

かくて、石作いしづくり 寺の薬師仏現じ給ふとて、多くの人詣で給ふ。大将の、「御物忌みし給はむ」とて、いと忍びて、一所、御供に人多くもなくて参り給へり。げに、いみじう騒がしきまで、人詣でたり。暁には、皆出でぬ。




そうこうするほどに、石作寺(かつて、現京都市西京区あたりにあったらしい)の薬師仏が示現したということで、多くの人が参詣しました。大将【藤原仲忠。右大将】は、「物忌みしよう」と、たいそう忍んで、ただ一人、供に人も多く付けずに出かけて行きました。噂通り、騒がしいほどに、参詣の者でごった返していました。通夜を終えて暁には、皆帰って行きました。


続く


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# by santalab | 2017-10-12 13:43 | 宇津保物語 | Comments(0)


「宇津保物語」楼の上(その2)

かかるほどに、朱雀院の御はらから、承香そきやう殿の女御と聞こえし御腹の、斎宮にておはしつる、女御隠れ給ひぬれば、「上り給はむ」とて、右大臣殿のたまふやう、「この宮の御母方も離れ給はねば、早う、近うて、時々見奉りしに、御かたち清げにてをかしくおはせしかば、折々に聞こえ交はししに、『何かは』と思し契りしを、にはかに下り給はむとせしに、また、かく見付け奉りて、異事も思えでなむ。大将の侍りし。げに、物せられずは、忍びて、たまさかに、さやうにありなまし。まだ、御歳も若うおはすらむかし」。「何かは。今も、さおはせかし。宮、いかが思さむ、かたじけなけれども」。「ここには、大将の歳のほど見給ふるに、今にあらねばこそ」と聞こえ給へば、「いさや、なほすさめ言なり。今、かの一条の西の対の君は尋ね侍らむ」と聞こえ給ふ。




そうこうするほどに、朱雀院のご兄弟、承香殿の女御と呼ばれている腹の、斎宮([伊勢神宮の斎王])であられる、女御がお隠れになられて、「京に上られるそうだ」と申して、右大臣殿【藤原兼雅】が申すには、「承香殿の女御の母方とは近い関係で、斎宮が小さい頃より、親しくして、時々お目にかかっておったのだが、顔かたち清らかにして趣きがあられて、折々に文など届けておったのだ、『いつかは』と将来を約束してくれたこともあったが、にわかに伊勢に下ることになったのだ、再び、お会いしようと思っておったのだが、残念でならぬ。大将【藤原仲忠】もそう思うであろう。まこと、斎宮になっておられなかったら、忍んで、もしや、会っておったかも知れぬ。まだ、歳も若かったのに残念なことよ」。「何を申されます。今は、宮【女三の宮】がおられるではありませんか。宮【女三の宮】が、どう思われることか、畏れ多いことです」。「わしは、大将【藤原仲忠】にどうかと思っておったのだ、お前が(朱雀院の女一の宮と)結婚しておらなければ」と申すと、「いやはや、ご冗談でしょう。ちょうど今、あの一条の西の対の君を探しておるところです」と答えました。


続く


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# by santalab | 2017-10-11 15:38 | 宇津保物語 | Comments(0)


「宇津保物語」楼の上(その1)

三条右大臣殿の、かの一条殿の対どもに居給へりし御方々、宮迎へられ給ひて、「今は、限りなめり」とて、思ひ思ひに渡り給ひし中に、西の一の対に、源宰相の、

故郷に 多くの年は 住みわびぬ 渡り川には はじとやする

と書き付け給へりしを、殿、おはして、見付け給ひて、「心深く、をかしう、かたちなどもことなむなかりしを、いかで、こればかりを、あり所を聞かましかば、尋ねてしかな」とのたまへば、尚侍ないしのかみ、「いとよきことなり。宮のおはしける所に、数多あまた、さても物し給ひけるを、女子をんなごもなく、さうざうしき。所は、広う面白うめでたきに、もとのやうにて物し給はば、聞こえ交はしてあらむ」とて、右大将の参り給へるに、「ここにのたまふめること、なほ、御心留めて尋ね給へ」と聞こえ給へば、「げに、長く」と思す。




三条右大臣殿【藤原兼雅】の、かの一条殿の対屋に住んでいた女房たちは、女三の宮が兼雅に迎え入れられたので、「こことも、お別れね」と言って、各々一条殿から去って行きました、西の一の対屋に、源宰相が住んでいましたが、

この一条殿を故郷だと思って長年住んできましたのに、ここを出て行かなくてはなりません。渡り川([三途の川])を訪ねよということでしょうか。

と書き付けてあったのを、殿【藤原兼雅】が、訪ね来て、見付け、「情け深く、趣きがあり、顔かたちも非の打ち所ない女であった、どうにかして、この女ばかりは、もしも居所を聞くことがあったなら、訪ねてみたいものだが」と申すと、尚侍【藤原兼雅の妻。清原俊蔭の娘で藤原仲忠の母】は、「それはとてもよいことですわ。宮【女三の宮。嵯峨院の皇女】のおられる所には、数多くの女房たちが、いらっしゃいましたのに、わたしには一人の娘もなく、さみしい思いをしておりました。所は、広く風情があって立派なのですから、もとのように女房として仕えてくれれば、話し相手にもなってくれましょう」と言って、右大将【藤原仲忠】が訪ねた折に、「そなたの父が申したことです、よくよく、心に留めて居場所を探しなさい」と申すと、「そういうことならば、忘れず心に留めておこう」と思うのでした。


続く


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# by santalab | 2017-10-10 02:44 | 宇津保物語 | Comments(0)


「太平記」直冬与吉野殿合体事付天竺震旦物語事(その5)

去るほどに師子外の山より帰り来て后をたづね求むるに、后もおはしまさず、我が子もなし。こはいかなる事ぞと驚きあわてて、化けたるかたち元のすがたに成つて、山を崩し木を堀り倒し求むれども不得。さては人の棲む里にぞおはすらんとて、師子国へ走り出でて、奮迅の力を出だして吠え忿いかるに、いかなるくろがねじやうなりとも破れぬべくぞ聞こへける。野人村老おそたふれ、死する者幾千万と云ふ数を知らず。また不近付所も、家を捨て財宝を捨て逃げ去りける間、師子国十万里の中には、人一人もなかりけり。されども、この師子王位にや恐れけん、都の中へは未だ入らず、ただ王宮近き辺に来て、夜な夜な地をうごかして吠えいかり、天に飛揚ひやうして鳴き叫びける間、大臣・公卿・刹利せつり居士こじ、皆宮中に逃げ篭もる。




やがて獅子は他所の山より帰って后を探したが、后もなく、我が子もいなかった。これはどうしたことかと驚きあわてて、化けた形を元の姿に変えて、山を崩し木を堀り倒し探したが見付からなかった。さては人が住む里にいるのではと思い、師子国へ走り出て、奮迅([勢い激しく奮い起つこと])の力を出して吠え怒れば、いかなる鉄の城であろうとも壊れるようほどだった。野人村老は怖れ倒れ、死ぬ者は幾千万という数を知を知れなかった。また近付かぬ所も、家を捨て財宝を捨て逃げ去ったので、師子国十万里の中には、人一人もいなかった。けれども、獅子も王位に恐れをなしたか、都の中へは入らず、ただ王宮に近いあたりに来て、夜な夜な地を響かして吠え怒り、天に届くほどに鳴き叫んだので、大臣・公卿・刹利([刹帝利]=[インドのバルナ=四種姓。で、バラモンに次ぐ第二位の身分。王族および武士])・居士([出家をせずに 家庭において修行を行う仏教の信者])は、皆宮中に逃げ籠もった。



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# by santalab | 2017-07-04 15:37 | 太平記 | Comments(0)


「太平記」直冬与吉野殿合体事付天竺震旦物語事(その4)

かくて三年みとせを過ごさせ給ひけるほどに、后ただならず成り給ひて男子を生み給へり。あはれみのふところの中にひととなつて歳十五に成りければ、貌形みめかたちの世に勝れたるのみに非ず、筋力人に超えて、いかなる大山を挟んで北海を飛び越ゆるとも、可容易とぞ見へたりける。ある時この子母の后に向かつて申しけるは、『たまたま人界にんがいの生を受けながら、后は畜類の妻と成らせ給ひ、我は子と成りて候ふ事、過去の宿業しゆくごふとは申しながら、心憂き事にて候はずや。可然しかるべき隙を求めて、后この山を逃げ出でさせ給へ。我負ひ奉て師子国の王宮わうぐうへ逃げ篭もり、母を后妃の位に昇せ奉り、我も朝烈てうれつの臣と仕へて、畜類のくわを離れ候はん』と勧め申しければ、母の后無限喜びて、師子の他の山へ行きたりける隙に、后この子に負はれて、師子国の王宮へぞ参り給ひける。帝なのめならず喜び思し召して、君恩たぐひなかりければ、後宮綺羅の三千、為君薫衣裳、君聞蘭麝為不馨香。為君事容色、君看金翠為無顔色。新しき人来たりて旧き人棄てられぬ。眼の裏の荊棘けいぎよくたなごころうへの花の如し。




こうして三年を過ごすほどに、后は子を宿して男子を生んだ。憐れみの懐の中に人となって十五歳になると、見目かたちは世に優れるばかりでなく、筋力は人に超えて、いかなる大山を挟んで北海を飛び越えることさえ、容易いことに思われた。ある時この子が母の后に向かって申すには、『たまたま人界の生を受けながら、后は畜類の妻となられて、わたしは子となりました、過去の宿業とは申しながら、嘆かわしいことではありませんか。しかるべき隙を見付けて、この山からお逃げなさいませ。わたしが背負って師子国の王宮へ逃げ籠もり、母を后妃の位に昇らせて、わたしも朝烈の臣として仕え、畜類の果を離れましょう』と勧め申したので、母の后は限りなくよろこんで、獅子が他の山へ行った隙に、后は子に負われて、師子国の王宮に参った。帝はたいそうよろこんで、君恩は類なく、後宮綺羅の三千人が、君のために衣裳を着飾れど、蘭麝([蘭の花と麝香じやこうの香り。また、よい香り])に魅せられて他の者に馨香([かぐわしいよい香り。また、遠くまで及ぶ徳のたとえ])に及ぶことはなかった。容色([美貌])をなしても、君は金翠ばかりを見て他に目を向けることはなかったのだ。新しい人が来て今までの人は棄てられた。荊棘([イバラなど、とげのある低い木])の身が花に変わったようであった。


続く


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# by santalab | 2017-07-01 09:12 | 太平記 | Comments(0)

    

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