この券を、この越前の守、取りて立ちければ、北の方、返し奉るにやあらむと、いと怪しくて、「それは、など持て行く。さの賜へらむものを。持て来、持て来」と呼び返しければ、あな物狂ほし、大事の物を、愚かにも言ふかなと聞きけり。
結局この券([荘園・田地・邸宅などの所有を証明する手形])を、越前守(故大納言の長男)は、受け取って出て行きましたが、北の方は、越前守が再び返すのではないかと、とても心配になって、「券を、どうして持って行ったのですか。せっかくいただいたものなのに。わたしに渡して、こちらに持って来て」と越前守を呼んだので、母上は正気なのか、大事な物なのに、なんてことを言うものかと聞いていました。
(続く)