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「平家物語」戒文(その1)

三位中将、この由を聞き給ひて、さこそはあらんずれ、いかに一門の人々の悪う思はれけんと、後悔こうくわいせられけれども甲斐かひぞなき。げにも重衡一人いちにんしみて、さしもに我がてう重宝ちようほう三種さんじゆ神器しんきかへし給ふらんとも思えねば、この御請け文の趣きは、かねてより思ひまうけられたりしかども、今だ左右さうを申されざりつるほどは、何となう心もとなう思はれけるに、請け文すでに到来たうらいして、関東くわんとうへ下らるべきに定まりしかば、三位中将、都の名残りも、今さら惜しうや思はれけん、土肥とひ次郎じらう実平さねひらを召して、「出家せばやと思ふはいかに」とのたまへば、この由を九郎御曹司へまうす。ゐんの御所へ奏聞せられたりければ、法皇ほふわう、「頼朝に見せて後こそ、ともかうも計らはめ。ただ今はいかでか許すべき」とおほせければ、この由を中将殿に申す。「さらば年来契つたるひじりに、今一度対面して、後生ごしやうのことをも申し談ぜばやと思ふはいかに」とのたまへば、土肥の次郎、「聖をばたれと申しさふらふやらん」。「黒谷の法然房ほふねんばうと言ふ人なり」。「さては苦しう候ふまじ、う疾う」とて許し奉る。




三位中将(平重衡しげひら。清盛の五男)は、これを聞いて、そうなると思っていた、どれほど平家一門の者たちに悪く思われたことだろうかと、後悔しましたがどうすることもできませんでした。確かに重衡一人を大切に思って、我が朝の重宝である、三種の神器を返すはずもないと思っていたので、その請け文([請け書])の趣旨は、かねてより思っていたことでした、けれども返事が返ってこない内は、何となく不安に思っていましたが、請け文がすでに届けられ、関東に下ることに決まったので、三位中将(重衡)は、都の名残りを、今さらながら惜しんで、土肥次郎実平(土肥実平。源頼朝の家来)を呼んで、「出家したいと思うがどうか」と言うと、これを九郎御曹司(源義経。頼朝の弟)に伝えました。後白河院の御所を訪ねて奏聞すると、法皇(後白河院)は、「頼朝に会わせた後に、判断すればよいであろう。ただ今に出家を許すことはできない」とおっしゃったので、これを中将殿(重衡)に伝えました。重衡は「ならば年来縁のある聖([高僧])に、もう一度対面して、後生([来世])のことも申し置いておきたいのだが」と言うと、土肥次郎(実平)は、「聖とはいったい誰のことでしょうか」と訊ねました。重衡は「黒谷の法然房(法然。浄土宗の開祖)と言う者だ」と答えました。土肥実平は、「それなら差し障りありません、急いでお呼びください」と言って許しました。


続く


by santalab | 2013-08-03 07:15 | 平家物語

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