明けければ、渚には赤旗少々ひらめいたり。判官、「すは我らが設けをばしたりけるぞ。渚近うなつて、馬ども追ひ下ろさんとせば、敵の的になつて射られなんず。渚近うならぬ前に、船ども乗り傾け乗り傾け、馬ども追ひ下ろし追ひ下ろし、船に引き付け引き付け泳がせよ。馬の足立ち、鞍爪浸るほどにもならば、ひたひたとうち乗つて、駆けよ、者ども」とぞ下知し給ひける。五艘の船には、兵糧米積み、物の具入れたりければ、馬数五十余匹ぞ立てたりける。案の如く渚近うなりしかば、船ども乗り傾け乗り傾け、馬ども追ひ下ろし追ひ下ろし、船に引き付け引き付け泳がす。
夜がすっかり明けると、渚には平家の赤旗が多少ひらめいていました。判官(源義経)は、「早くも我々を迎え撃つ準備をしておるとは。渚に近づいて、馬を下そうとすれば、敵の的になって射られるであろう。渚に近づく前に、船を傾け、馬を追い下して、船から離さぬように泳がせるのだ。馬の脚が立ち、鞍爪([鞍橋の前輪と後輪の両端])が浸るほどになれば、静かに馬に乗って、駆けよ、者ども」と命じました。五艘の船には、兵糧米を積み、武器を積んでいたので、馬数五十匹余りを乗ていました。計画通り渚近くになって、船を傾け、馬を追い下し、船に引き付けて泳がせました。
(続く)