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「平家物語」新大納言死去(その4)

その最期の有様やうやうにぞ聞こえける。はじめは酒に毒を入れてまゐらせけれども、叶はざりければ、二ぢやうばかりありける岸の下にひしを植ゑて、突き落とし奉れば、菱に貫かつてぞ失せられける。無碍にうたてきことどもなり。ためし少なうぞ聞こえし。北の方この由を伝へ聞き給ひて、「あはれいかにもして、変はらぬ姿を、今一度見もし、見えばやと思ひてこそ、今日けふまで様をば変へざりつれ。今は何にかはせん」とて、菩提ゐんと言ふ寺におはして、御様を変へ、型のごとくの仏事営み給ふぞあはれなる。この北の方とまうすは、山城守敦方あつかたの娘、後白河法皇ほふわうの御思ひ人、並びなき美人にておはしけるを、この大納言ありがたき御寵愛ちようあいの人にて、下し賜はられたりけるとかや。若君姫君も、面々に花を手り、閼伽あかみづを結んで、父の後世ごせとぶらひ給ふぞ哀れなる。かくて時移り事去つて、世の変はり行く有様は、ただ天人の五衰ごすゐに異ならず。




成親(藤原成親なりちか)の最期の様子が聞こえてきました。はじめは酒に毒を入れて飲みましたが、死ねなかったので、二丈(約6m)ばかりある崖の下に串を立てて、崖から突き落とされて、串に刺さって死んだのでした。異様にむごい死に方でした。例のないことでした。成親の妻はこれを伝え聞いて、「ああどうにかして、昔と変わらぬ姿を、もう一度見て、逢いたいと思っていたからこそ、今日まで様を変えて出家しなかったものを。今となってはほかにすることはありません」と言って、菩提院(今の京都市西京区にある宝菩提院願徳寺)という寺に出向いて、様を変え、例にならって仏事を営むことはあわれでした。この北の方と言うのは、山城守敦方(諏訪敦方=粟沢敦方)の娘で、後白河法皇の愛人、比べる者のないほどの美人でしたが、後白河法皇の寵愛の女を、成親に与えられたということです。若君姫君も、それぞれ花を供え、閼伽([仏に手向ける水])の水に交わり、父(成親)の後世([来世の安楽])を弔うことは悲しいことでした。こうして時は移り事件は過ぎ去って、世の中が変わっている有様は、まったく天人の五衰([天人の死に際して現れるという五種の衰えの相])を現していました。


続く


by santalab | 2013-10-27 08:18 | 平家物語

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