人気ブログランキング | 話題のタグを見る

Santa Lab's Blog


「平家物語」御産(その5)

「あはれ浄海じやうかいいくさぢんならば、さりともこれほどまでは臆せじものを」とぞ、後にはのたまひける。御験者げんじやには、房覚ばうかく昌運しやううんりやう僧正そうじやう俊堯しゆんげう法印ほふいん豪禅がうぜん実全じつせん僧都そうづ、各々僧伽そうがの句どもあげ、本寺ほんじ本山の三宝、年来所持しよぢの本尊たち、責めふせ責めふせ揉まれければ、まことにさこそはと思えてたつとかりける中に、折節をりふし法皇ほふわうは、今熊野いまぐまのへ、御幸ごかうなるべきにて、御精進しやうじんのついでなりけるが、錦帳きんちやう近く御ご座ざあつて、千手きやうを打ち上げ打ち上げ遊ばされけるにぞ、今一際ひときは事変はつて、さしもをどり狂ひける御寄座よりましどもがばくも、しばらくうちしづめけり。法皇おほせなりけるは、「たとひいかなる御物の怪なりとも、このおい法師ぼふしがかくてさふらはんには、いかでか近づき奉るべき。なかんずく今顕はるるところの怨霊をんりやうは皆我が朝恩てうおんをもつて人となりたるものぞかし。たとひ報謝はうしやの心をこそ存ぞんぜずとも、いかでかあに障碍しやうげをなすべきや。すみやかにまかり退き候へ」とて、「女人生産によにんしやうさんし難からんときに臨んで、邪魔遮障しやしやうし、苦忍び難からんにも、心をいたして大悲呪だいひじゆ称誦しようじゆせば、鬼神きしん退散して、安楽にしやうぜん」と遊ばいて、皆水晶みなずゐしやう御数珠おんずずを押し揉ませたまへば、御産ごさん平安のみならず、皇子わうじにてこそましましけれ。




「ああこの浄海(平清盛の法名)、戦の陣であれば、さすがにこれほどまでに臆することはないものを」と、後に話しました。験者([修験道の行者])には、房覚(源信雅のぶまさの子らしい)昌運両僧正、俊堯法印([源顕仲あきなかの子。第五十八世天台座主])、豪禅実全([徳大寺公能きんよしの子])両僧都は、各々僧伽の句(御名を読み上げること)を続けて、本寺本山([本寺]=[本山])の三宝(ここでは仏)、年来崇め奉る本尊に、祈願し手を合わせたので、まことにありがたく思っていると、ちょうど法皇(後白河院)が、今熊野(今の京都市東山区にある観音寺)の修行に出かける途中で、錦帳の近くにお座りになって、千手経([千手観音とその陀羅尼について説いた経])を読み上げたので、趣は打って変わって、しばらくの間踊り狂っていた寄座([修験者や巫子が神降ろしをする際に、神霊を乗り移らせる童子])の縛([煩悩による狂気])もしばらく静まりました。後白河院がおっしゃるには、「たとえどんな物の怪([怨霊])であろうと、この老法師であるわたしがこうして経を唱えたなら、近づくことも叶わぬであろう。その上今顕われた怨霊は、もとは我が朝恩によって世に認められた者たちではないか。たとえ報謝([徳に感謝すること])の心を持たずとも、何の故あって障碍([邪魔])をすることがあろうか。すみやかに退散せよ」と言って、「女性がお産に苦しむともその邪魔を遮障([さえぎって、進むのを妨げること])し、苦しみが耐え難くとも、心を尽くして大悲呪([千手観音の功徳を説く八十二句の陀羅尼だらに])を唱えれば、鬼神も退散して、安楽にお産もすむにちがいない」とおっしゃって、皆水晶([総水晶])の数珠を手を合わせ手繰れば、お産が無事に済むばかりでなく、皇子(後の安徳天皇)がお生まれになりました。


続く


by santalab | 2013-10-28 23:31 | 平家物語

<< 「平家物語」御産(その6)      「平家物語」御産(その4) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧