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「平家物語」弓流(その3)

水尾谷みをのや十郎じふらうは、御方のむまの陰に逃げ入つて、息継ぎたり。かたきは追うても来ず。その後兜のしころをば、薙刀なぎなたの先に貫き、高く差し上げ、大音声おんじやうを上げて、「とほからん者は音にも聞け、近くは目にも見給へ。これこそ京童部きやうわらんべの呼ぶなる、上総かづさの悪七兵衛景清かげきよよ」と名乗り捨てて、御方の楯の陰へぞ退きにける。 平家これに少し心地をなほいて、「悪七兵衛討たすな、者ども、景清討たすな、続けや」とて、二百余人渚に上がり、楯を雌鳥羽めんどりばに突き並べ、「源氏ここを寄せよや」とぞ招いたる。判官安からぬ事なりとて、田代の冠者くわんじやまへに立て、後藤兵衛父子ふし、金子兄弟きやうだい弓手ゆんで馬手めてになし、伊勢の三郎さぶらうを後ろとして、判官八十はちじふ余騎をめいて先を駆け給へば、平家の方には、馬に乗つたる勢は少なし、大略徒歩武者かちむしやなりければ、むまに当てられじとや思ひけん、しばしもたまらず引き退き、皆船にぞ乗りにける。楯は算を散らしたるやうに、散々に蹴散らさる。源氏勝つに乗つて、馬の太腹浸かるほどに、打ち入れ打ち入れ攻め戦ふ。船の内より熊手薙鎌ないがまを持つて、判官の兜のしころに、からりからりと打ち掛け打ち掛け、二三度しけれども御方のつはものども、太刀薙刀なぎなたの先にて、打ち払ひ打ち払ひ攻め戦ふ。されどもいかがはし給ひたりけん、判官弓を取り落とされぬ。




水尾谷十郎は、味方の馬の陰に逃げ入って、息継ぎしました。敵(平家)は追って来ませんでした。その後平家方は水尾谷十郎の兜の錏([兜の鉢から下げて、首から襟を防御するもの])を薙刀の先に貫き、高く差し上げて、大声を上げて、「遠くの者は声を聞け、近くの者は目に見よ。わたしこそ京童部([京都市中の物見高くて口さがない若者ども])が呼ぶところの、上総の悪七兵衛景清(藤原景清)よ」と名乗り捨てて、味方の楯の陰に引き退きました。平家方はこれを見て少し気を持ち直して、「悪七兵衛(藤原景清)を討たせるな、者どもよ、景清討たせるな、続け」と言って、二百人余りが渚に上がり、楯を雌鳥羽([物の重ね方で、左を上に右を下にすること])に並べて、「源氏どもよここまで攻めて来い」と手招きしました。判官(源義経)は小癪な真似をすると思って、田代冠者(田代信綱のぶつな)を前に立て、後藤父子(後藤実基さねもととその養子基清もときよ)、金子兄弟(金子家忠いへただとその弟近則ちかのり)を弓手([左手])馬手([右手])に、伊勢三郎(伊勢義盛よしもり)を後ろに置いて、判官(源義経)をはじめとする八十騎余りが大声上げて駆けると、平家方には、馬に乗った勢は少なく、ほとんどが徒歩武者(歩兵)でしたので、馬に蹴られまいと思って、しばしも堪えきれずに引き退き、皆船に乗ってしまいました。源氏方は楯を算木([易で、卦を表す四角の棒])をばらまいたように、散々に蹴散らしました。源氏方は勝ち馬に乗って、馬の太腹([馬の腹の、ふくらんで垂れた部分])が浸かるほど、馬を海に何度も入れて攻め戦いました。平家方は船の中から熊手薙鎌([鎌に長柄を付けたもの])で、判官(源義経)の兜の錏([兜の鉢から下げて、首から襟を防御するもの])を、引きかけようと、二三度攻撃しましたが判官の味方の兵が、太刀や薙刀の先で、それを打ち払いながら攻め戦いました。けれどもどうしたことか、判官(源義経)は弓を落としてしまいました。


続く


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by santalab | 2013-11-04 07:36 | 平家物語 | Comments(0)

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