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「平家物語」競(その7)

心憎うもさふらはず、罷り向かつてり討ちなども仕るべき。さるむまを持つて候ひしを、このほど親しい奴めに盗まれて候ふ。御馬一匹下しあづかり候はばや」とまうしければ、大将だいしやう、「もつともさるべし」とて、しら葦毛なる馬の、煖廷なんうとて秘蔵ひざうせられたりけるに、よい鞍置いてきほふぶ。賜はつて宿所にかへり、「はや日の暮れよかし。三井寺みゐでらへ馳せまゐり、入道にふだう殿の真つ先駆けて討ち死にせん」とぞ申しける。日もやうやう暮れければ、妻子どもをば、かしこここにたち忍ばせて、三井寺へと出で立ちける、心の内こそ無残なれ。平文ひやうもんの狩衣の菊綴ぢおほきらかにしたるに、重代ぢうだい着背長きせなが緋威ひをどしよろひ着て、星白兜の緒を締め、厳物いかもの作りの太刀を履き、二じふ四差いたるおほ中黒の矢負ひ、滝口の骨法こつぽふ忘れじとや、鷹のいだりける的矢まとや一手ひとてぞ差し添へたる。重籐しげどうの弓持つて、煖廷にうち乗り、乗り換へ一騎うち具し、舎人男とねりをとこ持楯もつだて脇挟ませ、やかたに火かけ焼き上げて、三井寺へこそ馳せたりけれ。




別に憎いとも思いませんが、出て行って選り討ち([強い敵を選んで討ち取ること])仕りたいと思います。わたしは馬を持っていましたが、親しくしていた者に盗まれてしまいました。馬を一匹与えてくれませんか」と申すと、大将(平宗盛むねもり。清盛の三男)は、「わかった」と言って、白葦毛([白毛の多くまじった葦毛])の馬で、煖廷という宗盛が大切にしていた馬に、りっぱな鞍を置いて競(渡辺競)に与えました。競は馬を頂戴して宿所に帰り、「はやく日が暮れてくれ。三井寺(今の滋賀県大津市にある寺院)に急ぎ参り、入道殿(源頼政よりまさ)の先陣を駆けて討ち死にするぞ」と言いました。日もようやく暮れると、競は妻子たちを、あちらこちらに隠して、三井寺に出発しましたが、少しも恥じていませんでした。平文([彩色や刺繍の文様])の付いた狩衣の菊綴ぢ([縫い目にとじつけたひも])を大きくひらめかせ、重代([先祖伝来の宝物])の着背長([鎧])、緋威([緋色に染めた革や組紐などで威した鎧])の鎧を着て、星白兜([鉢の星の表面を銀で包んだ兜])の緒を締め、厳物作りの太刀を差して、二十四本差した大中黒([鷲の矢羽で、中央部の黒いが大きいもの])の矢を背負い、滝口([滝口武士])の骨法([礼儀作法])を忘れまいと、鷹の羽で作った的矢([的を射るのに用いる矢])を一手([一組])差していました。重籐([弓のつかを黒漆塗りにし、その上を籐で強く巻いたもの])の弓を以って、煖廷に乗って、乗り換えを一騎連れて、舎人男([下級官人])に持楯を脇に持たせて、宿所に火をかけ焼いてから、三井寺に急ぎました。


続く


by santalab | 2013-11-05 07:43 | 平家物語

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