それに文覚が大音声出で来て、調子も違ひ、拍子も皆乱れにけり。「御遊の折節であるに、何者ぞ。狼藉なり。そ首つけ」と仰せ下さるるほどこそありけれ、院中の逸り雄の者ども、我先に我先にと進み出でける中に、資行判官と言ふ者進み出でて、「御遊の折節であるに、何者ぞ。狼藉なり。疾う疾う罷り出でよ」と言ひければ、文覚、「高雄の神護寺へ、庄を一所寄せられざらん限りは、まつたく出づまじ」とて働かず。よつてそ首を突かうとすれば、勧進帳を取り直し、資行判官が烏帽子を、はたと打ち落とし、こぶしを強く握り、胸をばくと突いて、後ろへのけに突き倒す。資行判官は烏帽子打ち落とされて、おめおめと大床の上へぞ逃げ上る。その後文覚懐より馬の尾で柄巻いたりける刀の、氷の様なるを抜き持つて、寄り来ん者を突かうとこそ待ちかけたれ。左の手には勧進帳、右の手には刀を持つて馳せ回る間、思ひも設けぬ俄事ではあり、左右の手に刀を持つたる様にぞ見えたりける。公卿も殿上人も、こはいかにと騒がれて、御遊もすでに荒れにけり。院中の騒動斜めならず。
そこに文覚が大声を張り上げて出て来たので、調子もくるい、拍子も乱れてしまいました。「御遊の最中に、何者だ。無法ではないか。そやつの首を捕えよ」と命じるほどでした、院中の逸り雄([血気にはやる者])の者たちが、我先にと文覚に向かう中に、資行判官(平資行)と言う者が進み出て、「御遊の最中である、何者だ。無法である。一刻も早くここから立ち去れ」と言うと、文覚は、「高雄の神護寺(今の京都市右京区にある寺院)へ、庄園を一所寄贈されない限りは、ここから出ることはない」と言って動きませんでした。資行が文覚の頭を突こうとしたので、文覚は勧進帳([寄付を集めるのに使う帳面])を持ち直して、資行判官の烏帽子を、不意に討ち落として、こぶしを強くにぎり、資行の胸を強く突いて、後ろ向きに突き倒しました。資行判官は烏帽子を討ち落とされて、恥しそうに大床([簀子縁])の上に逃げ上りました。その後文覚は懐より馬の尾で柄を巻いた、氷のように光る刀を抜き持って、寄り来る者を突こうと待ちかまえました。左の手には勧進帳を、右手には刀を持って走り回ったので、思いもしなかった、俄事([急な出来事])でもあり、左右の手に刀を持ったように見えました。公卿も殿上人も、これはどうしたものかと騒いで、御遊はすっかり白けてしまいました。院中の騒動は並大抵ではありませんでした。
(続く)