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「平家物語」小宰相身投(その9)

車に置くべきやうもなし。大路おほぢに捨てんもさすがにて、はかまの腰に挟みつつ、御所へぞまゐり給ひける。さて宮づかへ給ひしほどに、
所しもこそおほけれ、御前に文を落とされたり。女院にようゐんこれを取らせおはしまし、急ぎ御衣ぎよいたもとに引き隠させ給ひて、「めづらしき物をこそ求めたれ。このぬしたれなるらん」とおほせければ、御所ぢう女房にようばうたち、よろづ神仏かみほとけにかけて、「知らず」とのみぞまうしける。その中に小宰相こざいしやう殿ばかりかほうち赤めて、つやつや物も申されず。女院も、内々通盛みちもりきやうの申すとは知ろし召されたりければ、さてこの文を開けて御覧ずれば、妓炉きろけぶりにほひことに深きに、筆のたてども世の常ならず。「あまりに人の心づよきも、今はなかなかうれしくて」など、細々と書いて、奥には一首いつしゆの歌ぞありける。

わが恋は 細谷川の 丸木橋 踏み返されて 濡るる袖かな




車に置いておくこともできません。大路に捨てるのもさすがにできずに、結局袴の腰に文を挟み込んで、御所へ参りました。そして宮仕えをしておりましたが、内裏は広い所ですけれども、なんとも建礼門院の御前に文を落としてしまいました。建礼門院はこの文を拾うと、急いで着物の袂に引き寄せてから、「めずらしい物を見つけましたよ。この文の持ち主は誰ですか」とおっしゃいましたが、内裏中の女房たちは、すべての神仏に誓って、「知りません」と答えました。その中で小宰相だけが顔を赤らめて、まったく答えませんでした。建礼門院も、内々通盛(平通盛。清盛の異母弟教盛のりもりの長男)が小宰相に言い寄っていたことを知っていたので、この文を開いて見てみると、妓炉(芸妓が焚く炉らしい。さぞや香りが強そうです)の煙の匂いが強くて、筆の運びも変わっていました。「あなたはあまりにもつれないけれど、今はまだにくめないでいます」など、こまごまと書かれていて、奥付には一首の歌がありました。

あなたに恋するわたしは、細谷川の丸木まろき橋のようなものです。あなたに何度も踏み返されて(わたしの文をそのまま返されて)、落とされては袖を濡らすのですから。


続く


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by santalab | 2013-11-18 21:08 | 平家物語 | Comments(0)

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