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「平家物語」小宰相身投(その10)

女院にようゐん、「これは逢はぬを恨みたる文や。あまり人の心づよきも、なかなか今はあたとなんなるものを。中頃小野をのの小町とて、見目かたち美しう、情けの道ありがたかりしかば、見る人聞く者、きもたましひを痛ましめずと言ふことなし。されども心強き名をや取りたりけん、果てには人の思ひの積もりとて、風を防ぐ頼りもなく、雨を漏らさぬわざもなし。宿に曇らぬ月星は、涙に浮かび、野辺の若菜、さは根芹ねぜりを摘みてこそ、露の命をば過ごしけれ」。女院、「これはいかにも返事あるべきことぞ」とて、御すずり召し寄せて、かたじけなくもみづから御返事ぺんじ遊ばされけり。

ただ頼め 細谷河の 丸木橋 踏み返しては 落ちざらめやは




建礼門院は、「これは逢ってはくれないことを残念に思って書いた文ですよ。人につれなくするのはかえって今にむなしくなるものです。あまり遠くない昔のことですが小野小町という、顔かたち姿の美しくて、情けの道([男女の道])も難しいほどだったので、見る人聞く者も、心を痛めない者はいませんでした。けれどもつれないという評判が立ったので、最後には人の思いだけが残っただけで、風を防ぐ頼りにする者もなく、雨に濡れないようにする手立てもなくなってしまいました。部屋に差し込む月星の光を、涙に浮かべながら、野辺の若菜や、沢の根芹([セリ、セリ科])を摘んで、はかない命を過ごしたということです」。建礼門院は、「この文には返事しなくてはいけませんよ」と言って、硯を取って、恐れ多いことに自ら返事を書きました。

あなた(平通盛。清盛の異母弟教盛のりもりの長男)を頼りにしようと思います。細谷河に掛る丸木まろき橋を踏み返して、落ちしまっては大変ですから。


続く


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by santalab | 2013-11-18 21:11 | 平家物語 | Comments(0)

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