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「増鏡」新島守(その31)

増いて、いつを果てとか、めぐり逢ふべき限りだになく、雲の波煙なみけぶりの波の幾重いくへとも知らぬさかひに、身を尽くし給ふべき御さまども、口惜くちをしとも愚かなり。このおはします所は、人離れ里とほき島の中なり。海づらよりは少し引き入りて、山蔭に方添へて、おほきやかなるいはほのそばだてるを頼りにて、松の柱に葦葺けるらうなど、気色ばかり事削ぎたり。まことに、「柴のいほりのただしばし」と、仮初めに見えたる御宿りなれど、さる方になまめかしくゆゑ付きてしなさせ給へり。水無瀬みなせ殿思し出づるも夢のやうになん。はるばると見遣らるる海の眺望てうばう、二千里の外も残りなき心地する、いまさらめきたり。潮風しほかぜのいとこちたく吹き来るを聞こし召して、

我こそは 新島守よ 隠岐の海の 荒き浪かぜ 心して吹け

おなじ世に 又すみの江の 月や見ん けふこそよそに 隠岐の島もり




ましてや、いつまで隠岐で暮らすことになるのか、都に帰る日は来るのかも定かではなく、雲の波煙の波幾重とも知れぬ都の外で、生涯を終えられるように思われるそのご様子は、無念と申すのもおろかなことでございました。後鳥羽院(第八十二代天皇)がおられる所は、人里離れた遠い島の中でございました。海際よりは少し奥まった所に、山蔭に寄り添うように、大きな岩が切り立っておりましたがそれを頼りに、松柱に葦葺きの廊などを、形ばかり質素に設えただけのものでございました。まこと、「柴の庵([粗末な家])にほんのしばらく」と、仮初めに住まわれた宿所でございましたが、内裏を真似て調えたものでございました。水無瀬殿(現大阪府三島郡島本町にあった後鳥羽院の離宮)を思し出されては夢のように思われました。はるばると見渡す海の眺望は、二千里の外に何もないような気がして、いまさらながら悲しくなるのでございました。潮風がひどく激しく吹くのをお聞きになられて、

わたしこそが、新しい島守であるぞ。隠岐の海の荒く吹く風よ、そのことをわきまえて吹くのだぞ。

この世のうちに、もう一度住之江(現大阪市住之江区)の月を眺めてみたいものよ。今夜は他所で隠岐の島守として眺めておるが。


続く


by santalab | 2013-11-19 21:14 | 増鏡

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