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Santa Lab's Blog


「保元物語」法皇熊野御参詣並びに御託宣の事

ここに久寿きうじゆ二年の冬の頃、法皇熊野へ御参詣あり。本宮證誠しやうじやう殿の御前にて、現当二世の御祈念ありしに、夢うつつともあらず、御宝殿の内より、童子の御手をさし出して、打ち返し打ち返しせさせ給ふ。法皇、大きに驚き思し召して、先達せんだつ並びに供奉の人々を召して、不思議の瑞相あり、権現を勧請し奉らばやと思し召し、「正しきかんなぎやある」と仰せければ、山中無双の巫を召し出す。「御不審の事あり。占ひ申せ」と仰ければ、朝より権現を降し参らするに、午時まで降りさせ給はねば、古老の山伏八十余人、般若妙典を読誦どくじゆして、祈請やや久し。巫も五体を地に投げ、肝胆を砕きければ、諸人目をすまして見る処に、権現すでに降りさせ給けるにや、種々の神変を現じて後、巫、法皇に向かひ参らせて、右の手を指上げて、打ち返し打ち返しして、「これはいかに」と申す。まことに権現の御託宣たくせんなりと思し召して、急ぎ御座ござを滑らせ給ひて、御手を合はせ、「申すところこれなり。さていかが候ふべき」と申させ給へば、「明年の秋の頃、必ず崩御成すべし。その後、世の中手の裏を返すごとくならんずる」と御託宜ありければ、法皇を始め参らせ、供奉の人々皆涙を流して、「さていかなる事あつてか、御命延ばさせ給べき」と問ひ奉れば、「定業限りあれば力及ばず」とて、権現は上がらせ給ひぬ。参り集まりたる貴賎上下、各頭を地に付けて拝み奉りけり。法皇の御心の中、いかばかりか御心細く思ひ召しけん。日頃の御参詣には、天長地久に事寄せて、切目きりべの王子の南木なぎの葉を、百度千度かざさんとこそ思し召ししに、今は三の山の御奉幣も、これを限りと御心細く、真言妙典の御法楽にも、臨終正念往生極楽とのみぞ御祈念ありける。すべて還御の体、哀れなりし御有様なり。




久寿二年(1155)の冬頃、鳥羽院は熊野に参詣しました。本宮證誠殿の御前で、現当二世(鳥羽院と後白河天皇)を祈念されていましたが、夢かうつつか、本殿の中から、童子が手をさし出して、何度も手をひらひらさせました。鳥羽院は、大変驚いて、先達([山伏や一般の信者が修行のために山に入る際の指導者])やお供の者たちを呼びよせて、不思議なことが起こったので、権現([仏、菩薩が化身して現れたもの])を勧請([神仏の分身、分霊を他の者に乗り移らせること])しなければと思って、「本当の巫([神降ろしなどをする人])を参らせよ」と命じたので、山中でもっとも優れた巫を連れてきました。「不思議なことがあった。占いせよ」と命じたので、朝より権現降ろしを始めましたが、昼までに降りてこなかったので、古老の山伏が八十人余り、般若妙典を読誦して、祈請をしばらく行いました。巫も五体を地に投げて、懸命に権現を降ろそうとしていると、全員見守っているところに、権現が降りてきて、種々の神変が現れた後、巫が、鳥羽院を向かいに参らせて、右手の指を上げて、手をひらひらさせて、「どういうことだろう」と言いました。鳥羽院は権現のお告げに違いないと思って、急いで席から滑り下りて、手を合わせ、「わしが申したのはこのことぞ。さてお告げは何でしょうか」と申せば、巫は、「来年の秋頃、汝は必ず崩御するぞ。その後、世の中は手の裏を返すように乱れるであろう」とお告げがあったので、鳥羽院をはじめ、お供の者たちすべて涙を流して、「いったい何故のことでございましょう、どうか寿命を延ばしてください」と問えば、「定業([前世から定まっている善悪の業報])に限りあることならば叶えることはできない」と言って、権現は上っていきました。鳥羽院のまわりに集まった身分の高い者そうでない者、皆頭を地に付けて拝みました。鳥羽院の心中、どれほど不安に思われたことでしょうか。いつもの参詣では、天長地久([天地が永久に不変であるように、物事がいつまでも変わらずに続くこと])を願って、切目王子(今の和歌山県日高郡印南町にある神社)の南木(梛、ナギ。マキ科。切目王子の神木)の葉を、百度千度かざして祈りましたが、今回は熊野三山の奉幣([神に幣帛へいはくをささげること])も、これを限りと思えば心細く、真言妙典の法楽([経を読誦したり、楽を奏し舞をまったりして神仏を楽しませること])も、ただ臨終正念([阿弥陀仏を念じて極楽往生を願うこと])往生極楽([極楽浄土に往って生まれ変わること])のみを祈念されました。還御([出かけた先から帰ること])の際も、悲しそうでした。


続く


by santalab | 2013-11-24 10:32 | 保元物語

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