昔、尊、出雲国斐伊の川上に下り給ひし時国津の神に足名椎、手名椎とて夫神婦神おはします。その子に端正の娘あり。寄稲田姫と号す。親子三人泣き居たり。尊「如何に」と問ひ給へば答へ申ていはく、「我に娘八人ありき。皆大蛇の為に呑まれぬ。今一人残るところの少女また呑まれんとす。件の大蛇、尾首共に八つあり。各々八つの峯八つの谷に這はびこれり。霊樹異草背に生ひたり。幾千年を経たりと言ふ事を知らず。眼は日月の光の如し。年々に人を呑む。親呑まるるものは子悲しみ、子呑まるるものは親悲しみ、村南村北に哭する声絶えずとぞ申しける。尊哀れに思し召し、この少女をゆつの爪櫛に取りなし、御髪に差し納めさせ給ひ、八つの舟に酒を入れ、美女の姿を造りて高き岡に立つ。その影酒に映れり。大蛇人と思ひてその影を飽くまで飮んで酔ひ臥たりけるを尊帯び給へる十握剣を抜いて大蛇をづたづたに切り給ふ。その中に一つの尾の至つて切れず。尊怪しと思し召し、縦様に破りて御覧ずれば一つの霊剣あり。これを取りて天照大神に奉り給ふ。「これは昔高天の原にて我が落したりし剣なり」とぞのたまひける。大蛇の尾の中にありける時は村雲常に覆ひければ天叢雲剣とぞ申しける。大神これを得て、天の御門の御宝とし給ふ。
昔、素盞烏尊が、出雲国の斐伊川(島根県東部を流れる川)の川上に下った時、国津神([国つ神]=[国の神。天つ神=天から下った神と区別した])に足名椎(父)、手名椎(母)という夫神婦神がいました。二人の子で美しい娘がいました。寄稲田姫と呼ばれていました。親子三人が泣いていました。素盞烏尊が「どうしたのだ」と訊ねると足名椎が答えて言うには、「わたしには娘が八人いました。民大蛇(八岐大蛇)に呑まれてしまいました。あと一人残っている少女(寄稲田姫)もまた呑まれようとしています。その大蛇には、尾と頭がともに八つあります。それぞれ八つの峯八つの谷に伸びています。霊樹異草([珍しい草])が背に生えています。幾千年生きているのかわかりません。目は日の光月の光のように光っています。毎年人を呑みます。親が飲まれれば子は悲しみ、子が呑まれれば親は悲しみ、村南村北に慟哭の声が絶えることはありませんと答えました。素盞烏尊はかわいそうに思い、この少女(寄稲田姫)をつゆの爪櫛([斎つ爪櫛]=[神聖で清浄な櫛])に変えて、髪に差し、八つの舟に酒を入れ、美女に姿を変えて高い岡に立ちました。素盞烏尊の影が酒に映りました。大蛇は人と思ってその影を飽きるまで飲んで酔って伏したところを素盞烏尊は身に付けていた十握剣を抜いて大蛇をずたずたに切りました。その中に一つの尾だけはまったく切れませんでした。素盞烏尊は不思議に思って、縦に切り破って見ると一つの霊剣がありました。これを持って天照大神に奉納しました。天照大神は「これは昔高天原([天照大神をはじめ多くの神々が住んでいたとされる天上の世界])で落とした剣です」と申しました。大蛇の尾の中にある時は村雲([一群れの雲])がいつも覆っていたので天叢雲剣と名付けられました。天照大神はこれを手に入れて、天の御門([天皇])の宝としました。
(続く)