大宮太政大臣伊通公、その頃は左大将にておはしけるが、才学優長にして、御前にても、常におかしき事を申されければ、君も臣も大きに笑はせ給ひ、御遊びも興を催しけり。「内裏にこそ武士どもしい出したることはなけれども、思ひのごとく官加階をなる。人を多く殺したるばかりにて、官位をならんには、三条殿の井こそ多くの人を殺したれ。などその井には官をなされぬぞ」とぞ笑はれける。
大宮太政大臣伊通公(藤原伊通)は、その頃は左大将でしたが、学識に優れ、天皇の御前でも、いつも機転のきいたことを申したので、天皇も大臣も大いに笑わせて、遊びに花を添えていました。伊通は、「内裏は武士たちばかりを特別扱いすることはないけれども、思い通りに官職加階を賜っています。人を多く殺しただけのことで、官位がもらえるのであれば、三条殿の井戸は多くの人を殺しましたよ(「平治の乱」では多くの女官が井戸に飛び込んで亡くなったらしい)。なぜその井戸には官職を与えないのですか」と言って笑いました。
(続く)