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Santa Lab's Blog


「義経記」書写山炎上の事(その5)

大衆だいしゆこれを見て、「ここに出で来る者は何者ぞ」と言ひければ、「これこそ聞こゆる修行者しゆぎやうじやよ」「あら怪しからぬ有様かな。この方へ呼びてよかるべきか、捨てて置きてよかるべきか」「捨て置いても、呼びてもよかるまじ」「さらば目な見せそ」とまうしける。弁慶これを見て、如何にとも言はんかと思ひつるに、衆徒しゆとの伏せ目になりたるこそ心得ね。善悪を外処よそにて聞けば大事なり。近付きて聞かばやと思ひ、走り寄つて見ければ、講堂かうだうには老僧らうそうちごども打ち交りて三百人ばかり流れたり。縁のうへには中居なかゐの者ども、小法師こぼふしばら一人も残らずもよほしたり。残るところなく寺中上を下にかへして出で来る事なれば、千人ばかりぞありける。その中に悪しくさうらふとも言はず、足駄あしだ踏み鳴らし、肩をも膝をも踏み付けてとほりけり。あともそとも言はば、一定いちぢやう事も出で来なんと思ふ。皆肩を踏まれて通しけり。きだはしの許に行きて見れば、履物どもひしと脱ぎたり。我も脱ぎ置かばやと思ひけるが、脱げばわざはひを除くに似ると思ひ、履きながらがらめかしてぞ上りけり。衆徒とがめんとすれば事乱れぬべし。詮ずるところ、取り合ひて詮なしとて、皆小門の方へぞ隠れける。




大衆([僧])たちは弁慶を見て、「やって来るのは何者だ」と言いました、弁慶は「わしこそ噂の修行者だ」と答えました「なんという格好をしているのだ。こちらへ呼んでいいものか、放って置いたほうがよいものか」「放っておくのも、呼び寄せるのもよくないぞ」「目を合わせるな」と言い合いました。弁慶はこれを見て、何と言おうかと思っていましたが、衆徒([僧])たちが伏せ目になるとは許せない。善悪を言わぬとは一大事だ。近づいて聞いてやろうと思って、走りよって見れば、講堂([経典の講義や説教をする堂])には老僧稚児([小坊主])たちが入り混じって三百人余り集まっていました。緑の上(堂外)には中居([配膳係])の者たち、小坊主たちが一人残らず集まっていました。残る者なく寺中の上から下の者まで集まっていたので、千人ほどもいました。弁慶はその中を侘びもせず、足駄([下駄])で踏み、肩も膝も踏み付けて通りました。僧たちはあともそとも言えば([あともそとも言う]=[なにかひとことぐらい言う])、きっと一大事になると思いました。皆肩を踏まれて弁慶を通しました。階([上がり段])の近くに行って見ると、僧たちが履物をびっしりと脱いでいました。弁慶も脱ごうと思いましたが、脱げば禍を除くことになると思って、足駄を履いたまま荒々しく振舞って段を上がりました。衆徒([僧])たちは非難すれば騒ぎになるだろう。よくよく考えれば、弁慶に逆らっても無駄と思って、皆小門の方へ逃げ隠れました。


続く


by santalab | 2013-12-10 21:04 | 義経記

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