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「義経記」伊勢三郎義経の臣下にはじめて成る事(その13)

かくて夜を日に継いで下り給ふほどに武隈たけくまの松、阿武隈あぶくままうす名所名所過ぎて宮城野みやぎのの原、躑躅つつじをかを眺めて、千賀ちが塩竃しほかままうでし給ふ。あたりの松、まがきの島を見て、見仏けんぶつ上人しやうにん旧蹟きうせき松島を拝ませ給ひて、紫の大明神だいみやうじんの御前にて祈誓まうさせ給ひて、姉歯あねはの松を見て、栗原にも着き給ふ。吉次きちじは栗原の別当べつたうばうに入れ奉りて、我が身は平泉ひらいづみへぞ下りける。




こうして夜を日に継いで奥州に下りましたが武隈の松(現宮城県岩沼市)、阿武隈(阿武隈川。宮城県岩沼市と亘理わたり郡亘理町の境を流れる川)という名所名所を過ぎて宮城野原(現宮城県仙台市)、躑躅岡(榴岡つつじがおか公園。現宮城県仙台市)を眺めて、千賀の塩竃(千賀の浦。現宮城県塩竈市千賀)にある曲木まがき島のまがき神社に参詣しました。あたり松(当り松?)、籬島(曲木島)を見て、見仏上人(鎌倉初期の僧。奥州松島の雄島に住んでいたらしい)の旧蹟である松島を拝んで、紫大明神(現宮城県仙台市にある紫神社の祭神。紫稲荷大明神宮城県宮城郡松島町にある紫神社)の御前にて祈誓申して、姉歯の松(かつて現宮城県栗原市にあった松)を見て、栗原(現宮城県栗原市)に着きました。吉次は栗原りつげん寺別当の坊に留めて、義経は平泉(現岩手県西磐井郡平泉町)へ下りました。


続く


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by santalab | 2013-12-23 13:15 | 義経記 | Comments(1)
Commented by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 2015-02-16 00:51 x
うーん、松島からまた仙台に戻りますか?         ここでいう紫の大明神とは、訪れた順番からしても松島を拝んで、松島の総鎮守である紫神社(松島町高城字明神3-4)のことではないかと思います。由緒でも治承4年(1180年)に源義経が武運を祈るのため当社を訪れた時に村崎を紫に改めたとありますしね。紫神社は他に気仙沼にもありますが、このルートではなお不自然になるので検討外でしょう。

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