折節西国の兵ども、その数多く上りたりける中にも、緒方の三郎維義が上りけるを召して「九国を賜はりて下るぞ、汝頼まれてや」と仰せられければ、維義申しけるは、「菊池の次郎が折節上洛仕りて候ふなれば、定めて召され候はんずらん。菊池を誅せられば、仰せに従ひ候ふべき由申す。判官は弁慶、伊勢の三郎を召して、「菊池と緒方といづれにてあるらん」と仰せられければ、「とりどりにこそ候へども、菊池こそなほも頼もしき者にて候へ。ただし猛勢なる事は、緒方勝りて候ふらん」と申しければ、「菊池頼まれよ」と仰せられければ、菊池の次郎申しけるは、「尤も仰せに従ひ参らせたく候へども、子にて候ふ者を関東へ参らせて候ふ間、父子両方へ参り候はん事いかが候ふべきや」と申したりければ、「さらば討て」とて、武蔵坊、伊勢の三郎を大将軍にて、菊池が宿へ向けられける。菊池矢種あるほど射尽くして、家に火をかけて自害してんげり。さてこそ緒方三郎参りけり。
ちょうど西国の兵たちが、数多く京に上っていた中で、義経は緒方三郎維義(緒方惟栄)が上っていたのを呼んで、「九国([九州])を賜わって下ることにした、お主を頼りにしたいのだが」と申すと、維義が申すには、「菊池次郎(菊池隆直)がちょうど上洛しておりますれば、きっと呼ばれるお積もりでございましょう。菊池(隆直)を誅していただければ、命に従いましょう。判官(源義経)は弁慶、伊勢三郎(伊勢義盛)を 呼んで、「菊池(隆直)と緒方(惟栄)どちらが頼りになるか」と申せば、「それぞれ良いところがございますが、菊池(隆直)の方が頼りになりましょうか。けれども武勢においては、緒方(惟栄)の方が勝っているかと」と申したので、義経は「菊池に頼もう」と申しました、菊池次郎(隆直)が申すには、「仰せに従いたいと思いますが、子を関東に参らせておりますれば、父子別々に参ることになり難しいことでございます」と申したので、義経は「ならば討て」と申して、武蔵坊弁慶、伊勢三郎(義盛)を大将軍として、菊池(隆直)の宿所へ兵を差し向けました。菊池(隆直)矢種をすべて射尽くして、家に火をかけて自害しました。こうして緒方三郎(惟栄)が味方に付きました。
(続く)