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「義経記」義経都落の事(その7)

弁慶片岡かたをかまうしけるは、「西国の合戦の時度々たびたび大風おほかぜに合ひしぞかし。綱手つなでを下げて引かせよ。とまを捲きて付けよ」と下知げちしければ、綱を下げ、苫を付けけれども、少しもしるしなし。河尻かはしりを出でし時、西国船の石おほく取り入れたりければ、かづらを以つて中を結ひ、投げ入れたりけれども、綱も石も底へはしづみ兼ねて、上に引かれて行くほどの大風にてぞありける。船腹ふなばらを叩く波の音に驚き、馬どもの叫ぶこそおびたたしき。今朝まではさりともと思ひける人、船底ふなそこにひれ伏して、黄水わうずゐくこそ悲しけれ。これを御覧じて、「ただ帆の中を破つて、風をとほせ」とて、薙鎌ないかまを以つて帆の中を散々に破つて風を通せども、へさきには白波立てて、千のほこを突くが如し。さるほどに日も暮れぬ。先にも船が行かねば、篝火かがりびも焚かず。後にも船続かねば、海士あまの焚く火も見えざりけり。空さへ曇りたれば、四三の星も見えず。ただ長夜ぢやうやの闇に迷ひける。




弁慶が片岡(片岡常春つねはる)に申すには、「西国の合戦の時には度々大風に合ったものよ。綱手([引き綱])を下に引かせろ。苫([すげかやなどを粗く編んだむしろ。和船や家屋を覆って雨露をしのぐのに用いる])を捲いて付けろ」と命じました、綱を下げ、苫を付けましたが、少しも効果はありませんでした。河尻([京都から淀川を下り,西国に向かう途中,必ず船をつないだといわれるとまり])を出る時に、西国船の石を多く積んでいたので、葛([つる草])に結び、海へ投げ入れましたが、綱も石も底へは届かず、船が浮き上がるほどの強風でした。船腹を叩く波の音に驚いて、馬たちがおびただしく鳴き叫びました。今朝まではそんなことが起こるとは思ってもいなかった者たちは、船底に伏して、黄水([嘔吐のとき胃から出る、胆汁を含んだ黄色い液])をつくのは悲しいことでした。義経はこれを見て、「帆の中央を破って、風を通せ」と命じたので、薙鎌([長柄を付けた鎌])で帆の中を散々に破って風を通しましたが、船先には白波が立ち、千の鉾で突かれたようでした。やがて日が暮れました。前に船はなく、篝火も焚きませんでした。後ろにも船はなく、海士の焚く火は見えませんでした。空も曇り、四三の星([北斗七星のこと。一説に、オリオン星座とも])も見えませんでした。ただ長夜の闇に迷うばかりでした。


続く


by santalab | 2013-12-31 10:09 | 義経記

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