人気ブログランキング | 話題のタグを見る

Santa Lab's Blog


「義経記」義経鬼一法眼が所へ御出の事(その15)

聞きも敢へず、さめざめと泣きて、「悲しきかなや。父の心を知りたれば、人の最後も今を限りなり。これを知らせんとすれば、父に不孝ふけうの子なり。知らせじと思へば、契り置きつる言の葉、皆いつはりとなり果てて、夫妻の恨み、後の世まで残るべき。つくづく思ひ続くるに、親子は一世いつせをとこ二世にせの契りなり。とても人に別れて、片時も世に永らへてあらばこそ、憂きも辛きも忍ばれめ。親の命を思ひ棄てて、斯くと知らせ奉る。ただこれより何方いづかたへも落ちさせ給へ。昨日きのふ昼ほどに湛海たんかいを呼びて、酒を勧められしに、怪しき言葉の候ひつるぞ。『堅固けんごの若者ぞ』とおほさうらひつる。湛海たんかい一刀ひとかたなには足らじ』と言ひしは、思へば御身の上。かくまうせば、女の心の内かへりて景迹きやうしやくせさせ給ふべきなれども、『賢臣けんじん二君じくんに仕へず。貞女両夫りやうぶまみえず』とまうす事の候へば、知らせ奉るなり」とて、袖をかほに押し当てて、忍びも敢へず泣きたり。




姫君は聞き終わらないうちに、さめざめと泣いて、「悲しいことです。父の心を知っておりますれば、あなたとお会いするのも今を限りかも知れません。あなたに知らせれば、父にとって不孝の子となります。知らせなければ、あなたとの契り置いた言葉は、皆偽りとなり果てて、夫妻の恨みは、後世まで残ることでしょう。よくよく思えば、親子は一世、男は二世の契りと申します。とてもあなたと別れて、片時も世に永らえたところで、悲しみもつらさも忍ぶことはできません。親に背いてでも、あなたにお知らせいたします。ただここからどちらへでも逃げてください。父が昨日の昼頃に湛海を呼んで、酒を勧められましたが、怪しい言葉を申しておりました。『間違いなく若者ぞ』と申しておりました。湛海が『一刀で十分』と言ったのは、あなたのことでしたのね。このようなことも申せば、女の心の内をお見せするようなものでございますが、『賢臣二君に仕へず。貞女両夫に見えず(賢臣が二人の君主に仕えないように、貞女は二人の夫を持つことはない)』と申しますれば、お知らせするのです」と申して、袖を顔に押し当てて、忍ぶこともできず泣くばかりでした。


続く


by santalab | 2014-02-07 08:16 | 義経記

<< 明日に向かって走れ(全速力で反...      「承久記」重忠支へ戦ふ事(その8) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧