とてもかくても遁れぬもの故に、弱りて後押さへて首を捕られんも詮なし。今は腹切らばやと思ひて、太刀を打ち振りて縁につつと上がり、西向きに立ち、合掌して申しけるは、「小四郎殿へ申し候ふ。伊豆、駿河の若党の、殊の外の狼藉に見え候ふを、万事を鎮めて剛の者の腹切る様を御覧ぜよや。東国の方へも主に心ざしもあり、珍事中夭にも会ひ、また敵に首を捕らせじとて自害する者の為に、これこそ末代の手本よ、鎌倉殿にも自害の様をも、最期の言葉をも見参に入れて賜べ」と申しければ、「さらば静かに腹を切らせて首を取れ」とて、手綱を打ち捨てこれを見る。
どうしようが逃れられないのなら、弱った後に押さえられて首を捕らるのはつまらないこと。今は腹を切ろうと思って、太刀を打ち振って縁にささと上がり、西向きに立ち、合掌して申すには、「小四郎殿(北条義時)に申す。伊豆、駿河の若党が、思いの外に狼藉を働いてように思えるが、万事を鎮めて剛の者が腹切る様を見よ。東国の方にも心ある者もいるだろう、珍事中夭([思いがけない災難])に会い、また敵に首を捕らせまいと自害する者のためにも、末代の手本となろうぞ、鎌倉殿(源頼朝)にも自害の様も、最期の言葉も伝えてほしい」と申せば、北条義時は「ならば静かに腹を切らせてから首を取ろう」と言って、手綱を離しこれを見ました。
(続く)