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「義経記」忠信最期の事(その10)

さても命死に兼ねて、世間の無常むじやうくわんじてまうしけるは、「あはれなりける娑婆世界の習ひかな。老少らうせう不定ふぢやうさかひ、げに定めはなかりけり。いかなる者の、矢一つに死にをして、後までも妻子に憂き目を見すらん。忠信ただのぶいかなる身を持ちて、身を殺すに、死に兼ねたるごふのほどこそ悲しけれ。これもただ余りに判官はうぐわんこひしと思ひ奉る故に、これまで命は長きかや。これぞ判官のびたりし御帯刀おんばかせ、これを御形見に見て、黄泉よみぢも心安かれ」とて、抜いて、置きたる太刀を取りて、先を口に含みて、膝を押さへて立ち上がり、手を放つて俯つ伏しに、がはとたふれけり。つばは口に止まり、切つ先はびんの髪を分けて、後ろにするりとぞとほりける。しかるべき命かな。文治ぶんぢ二年正月六日の辰の刻に、つひに人手にかからず、生年しやうねん二十八にて失せにけり。




忠信ただのぶ(佐藤忠信)はそれでも死に切れずに、世の無常を感じて申すには、「なんとも切ない娑婆世界([人間の住む世界])というものか。一生は老少不定であり、寿命に定めなどないものよ。ある者は、矢一つで死にもすれ、後まで妻子に憂き目を見せるというものぞ。わたし忠信はいかなる因果によって、死のうとするを、死にきれない業がまことに悲しい。これもただあまりに判官(源義経)を恋しく思うために、命を捨てきれないのか。これぞ判官より賜った御帯刀([腰に差す刀])よ、これを形見に見置けば、黄泉([冥土])の道も安心だ」と言って、刀を抜いて、置いた太刀を持ち、切っ先を口に含んで、膝を押さえて立ち上がり、手を前にして俯つ伏せに、倒れました。鍔は口で止まり、切っ先は鬢の髪([耳ぎわの髪の毛])を貫き、後ろに突き抜けました。まことに惜しい命でした。文治二年(1186)正月六日の辰の刻([午前八時頃])に、終に人手にかからず、生年二十八歳にして亡くなりました。


続く


by santalab | 2014-02-20 21:16 | 義経記

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