供したる者ども、判官の賜びたる財宝を取りて、掻き消す様にぞ失せにける。静は日の暮るるに随ひて、今や今やと待ちけれども、帰りて事問ふ人もなし。責めて思ひの余りに、泣く泣く古木の下を立ち出でて、足に任せてぞ迷ひける。耳に聞こゆるものとては、杉の枯葉を渡る風、眼に遮るものとては、梢まばらに照らす月、そぞろに物悲しくて、足を計りに行くほどに、高き峰に上りて、声を立てて喚きければ、谷の底に木魂の響きければ、我を言問ふ人のあるかとて、泣く泣く谷に下りて見れば、雪深き道なれば、跡踏み作る人もなし。また谷にて悲しむ声の、峰の嵐に類へて聞こえけるに、耳を欹てて聞きければ、幽かに聞こゆるものとては、雪の下行く細谷河の水の音、聞くに辛さぞ勝りける。
静御前の供の者たちは、判官(源義経)が静御前に与えた財宝を取り上げると、掻き消すようにいなくなってしまいました。静御前は日が暮れるにつれ、今にも誰かが帰って来るのではないかと待っていましたが、戻って来る者はいませんでした。静御前は待ちきれなくなって、泣く泣く古木の下から出ると、足の向くままにさまよい歩きました。耳に聞こえるものといえば、枯葉を通る風、目に映るものは、梢にまばらに差し込む月の光ばかりでした、何もかもがもの悲しく思えて、足を頼りに歩き、高い峰に上りました、静御前が声の限りに叫ぶと、谷の底にこだまが響いたので、わたしを呼ぶ者があるのかと、泣く泣く谷に下りて見ると、雪深い道に、足跡を踏み作る者もいませんでした。静御前はまた谷でも悲しみの声を、峰の嵐と争うように大声上げましたが、耳を澄ませば、かすかに聞こえるものといえば、雪の下を流れる細谷河の水の音ばかり、聞くにつれつらさばかりが募りました。
(続く)