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「義経記」如意の渡にて義経を弁慶打ち奉る事(その3)

へいごんかみこれを見て、「すべて羽黒はぐろ山伏ほど情けなき者はなかりけり。判官はうぐわんにてはなし」とおほせらるれば、さてこそさうらはんずるに、あれほど痛はしく情けなく打ち給へるこそ心憂けれ。「詮ずるところ、これはそれがしが打ちまゐらせたるつゑにてこそ候へ。かかる御労はしき事こそ候はね。これに召し候へ」とて、船を差し寄する。楫取かんどり乗せ奉りてまうしけるは、「さらばはや船賃なして越し給へ」と言へば、「いつの習ひに羽黒山伏の船賃なしけるぞ」と言ひければ、「日来取りたる事はなけれども、御坊ごばうの余りに放逸はういつにおはすれば、取りてこそ渡さんずれ。く船賃なし給へ」とて船を渡さず。弁慶、「和殿わどの斯様かやうに我らに当たらば、出羽ではの国へ一年二年の内に来たらぬ事はよもあらじ。酒田のみなとはこの少人せうじんの父、酒田次郎じらう殿のりやうなり。ただ今当たりかへさんずるものを」とぞおどしけり。




平権守はこれを見て、「羽黒山伏ほどに情けのない者はいない。あの者も判官(源義経)ではない」と申したので、弁慶はよかったと思いながらも、あれほど何度も情けなく打ったことを悲しみました。平権守は「結局のところ、わたしが打たせたようなものです。どうか償わせてください。これに乗ってください」と言って、船を差し寄せました。楫取は弁慶を船に乗せて申すには、「船賃を払ってお乗りください」と言ったので、弁慶は「いつからこの羽黒山伏から船賃を取るようになったのだ」と言いました、平権守は「今まで取った事はありませんが、御坊があまりにも放逸([乱暴])なので、船賃を取って渡すことにしました。早く船賃を払ってください」とて船を出しませんでした。弁慶は、「お主がそのようなことを申すなら、山伏が出羽国へここ一年二年は来ることはないと思え。酒田湊(現山形県酒田市)はこの少人([男色における弟分])の父である、酒田次郎殿の領地である。すぐに痛い目を見させてやるからな」と平権守を脅しました。


続く


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by santalab | 2014-02-24 08:03 | 義経記 | Comments(0)

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