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「義経記」如意の渡にて義経を弁慶打ち奉る事(その5)

かくて六動寺ろくだうじを越えて、奈呉なごの林を指して歩み給ひける。武蔵忘れんとすれども、忘られず。走り寄りて判官はうぐわんの御袂に取り付きて、こゑを立てて泣く泣くまうしけるは、「いつまで君をかばまゐらせんとて、現在のしゆうを打ち奉るぞ。冥顕みやうけんの恐れも恐ろしや。八幡はちまん大菩薩も許し給へ。浅ましき世の中かな」とて、さしもたけき弁慶が伏し転び泣きければ、さぶらひども一つところにかほを並べて、消え入るやうに泣きたり。判官「これも人のためならず。かほどまで果報くわほうつたなき義経に、斯様かやうに心ざし深き面々の、行くすゑまでもいかがと思へば、涙のこぼるるぞ」とて、御袖を濡らし給ふ。各々この御言葉を聞きて、なほも袂を絞りけり。




こうして六動寺(現富山県射水市にある六渡寺)を越えて、奈呉(奈呉の浦。現富山県新湊しんみなと市の放生津江はうじやうづえ付近の古名)の林を指しって進みました。武蔵坊弁慶は義経を打ったことを忘れようとしましたが、忘れることはできませんでした。弁慶は義経の許に走り寄ると判官(義経)の袂に取り付いて、声を上げて泣く泣く申すには、「なんとしてでも君(義経)を庇うためとは申せ、主を打ってしまいました。冥顕([死後の世界と現実の娑婆世界])の咎めが恐ろしいのです。八幡大菩薩よお許しください。なんとも悲しい世の中か」と申して、あれほど荒々しい弁慶が伏し転び泣いたので、侍たちも同じく顔を並べて、消え入るように泣きました。判官(義経)は「これもわたしを思ってのこと。家来に打たれるほどに果報拙いこの義経に、これほどまでに心ざし深い者たちが付いて、行く末までどれほど悲しませるのかと思えば、涙がこぼれるぞ」と申して、袖を濡らしました。それぞれこの言葉を聞いて、いっそう袂を絞りました。


続く


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by santalab | 2014-02-24 08:13 | 義経記 | Comments(0)

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