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「義経記」如意の渡にて義経を弁慶打ち奉る事(その6)

かくするほどに日も暮れければ、泣く泣く辿り給ひけり。ややありて北の方、「三途さんづの川を渡るこそ、着たる物を剥がるるなれ。少しもたがはぬ風情ふぜいかな」とて、岩瀬いはせの森に着き給ふ。その日はここに泊り給ひけり。明くれば黒部の宿に少し休ませ給ひ、黒部四十八箇瀬の渡りを越え、市振いちふり浄土じやうど、歌の脇、寒原かんばら、中橋と言ふ所をとほりて、岩戸いはとの崎と言ふ所に着きて、海人あま苫屋とまやに宿を借りて、夜とともに御物語ありけるに、浦の者ども、搗布かちめと言ふものをかづきけるを見給ひて、北の方かくぞ続け給ひける。

四方の海 浪の寄る寄る 来つれども いまぞ初めて 憂き目をば見る

弁慶これを聞きて、忌々いまいましくぞ思ひければ、かくぞ続けまうしける。
浦の道 浪の寄る寄る 来つれども 今ぞ初めて 良き目をば見る




やがて日も暮れて、泣く泣く旅路を辿りました。しばらくして北の方(さと御前)が、「三途の川を渡る時には、着ている物を剥がれると申します。少しも違わなく思ったのです」と申して、岩瀬の森(現富山県富山市岩瀬にある岩瀬諏訪神社)に着きました。その日はそこに泊りました。夜が明ければ黒部宿(現富山県黒部市)で少し休んで、黒部四十八箇瀬(黒部川)の渡りを越え、市振(現新潟県糸魚川市)、浄土(浄土門。現新潟県糸魚川市)、歌の脇(歌外波うたとなみ?現新潟県糸魚川市)、寒原(蒲原。現新潟県五泉市)、中橋(末広中橋。現新潟県長岡市)という所を通って、岩戸崎(現新潟県上越市?)と言いう所に着いて、海人の苫屋([苫=すげかやなどを粗く編んだむしろ。で屋根を葺いた家])に宿を借りて、夜とともに語り合っていましたが、浦の者たちが、搗布([チガイソ科の褐藻])というものを潜って取っているのを見て、北の方(郷御前)がこう続けました。

四方の海から浪(=敵)がひっきりなしに押し寄せましたが、今はじめて終に三途の川を渡ることになるかと悲しくなりました。

弁慶はこれを聞いて、忌々しく([不吉である。縁起が悪い])と思い、こう続けました。
浦の道には、波がひっきりなしに押し寄せますが、今日はじめて搗布(=勝ち目)を取るのを見て、安心しました。


続く


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by santalab | 2014-02-24 08:19 | 義経記 | Comments(0)

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