人気ブログランキング | 話題のタグを見る

Santa Lab's Blog


「義経記」義経吉野山を落ち給ふ事(その4)

弥勒堂みろくだうの東、大日堂だいにちだうの上より見渡せば、寺中じちゆう騒動さうどうして、大衆だいしゆ南大門に僉議せんぎし、うへを下へかへしたる。宿老しゆくらう講堂かうだうにあり、小法師こぼふしばらは僉議の中を退しざつて
はやりける。若大衆の鉄漿黒かねぐろなるが、腹巻に袖付けて、兜のを締め、尻篭しこの矢、筈下はずさがりに負ひなして、弓杖ゆんづゑに突き、長刀なぎなた手々につ下げて、宿老より先に立ち、百人ばかり山口にこそ臨みけれ。弁慶これを見て、あはやと思ひ、取つて返して、中院谷ちゆうゐんのたにまゐりて、「騒ぐまでこそ難からめ。敵こそ矢比やごろになりてさうらへ」とまうしければ、判官はうぐわんこれを聞き給ひて、「東国の武士か吉野法師ほふしか」とおほせられければ、「麓の衆徒しゆとにて候ふ」と申しければ、「さては敵ふまじ。それらは所の案内者なり。健者すくやかものを先に立てて、悪所に向かひて追ひ掛けられて叶ふまじ。たれかこの山の案内を知りたる者あらば、先立さきだて一先づ落ちん」と仰せられける。




弁慶が弥勒堂の東にある、大日堂の上から見渡せば、寺中騒ぎ合って、大衆([僧])は南大門で僉議し、ごった返していました。宿老([年寄り])は講堂([講義・説経などを行う建物])にいて、小法師たちは僉議を取り巻いて勇み立っていました。若大衆で鉄漿黒([お歯黒])をつけた者が、腹巻([鎧])に袖を付けて、兜の緒を締め、尻篭([矢を入れて携帯する道具])の矢を、筈下り(矢筈=矢の弓に番える部分。を下)に負い、弓杖を突き、長刀手々に提っ下げて、宿老の先に立ち、百人ばかりで山口に向かっていました。弁慶はこれを見て、すぐに知らせなくてはと思って、取って返し、中院谷に戻って、「大変です。敵がすぐそこまで攻めて来ています」と申せば、判官(源義経)はこれを聞いて、「東国の武士か吉野法師か」と訊ねました、弁慶が「麓の衆徒([僧])です」と申すと、義経は「ならば敵うまい。それらはこの山をよく知っている。健者([したたか者]=[強く勇猛な者])を先に立てて、悪所に向かって追い掛けられたら勝ち目はない。誰かこの山をよく知る者があれば、敵が来る前にひとまず落ちよう」と申しました。


続く


by santalab | 2014-02-25 10:47 | 義経記

<< 「義経記」義経吉野山を落ち給ふ...      「義経記」義経吉野山を落ち給ふ... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧