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「義経記」忠信吉野に留まる事(その10)

『老いのすゑになりて、我ばかり物を思ふ、子どもに縁のなき身なりけり。信夫の庄司しやうじに過ぎ別れ、たまたま近付きて不便ふびんに当たられし伊達だての娘にも過ぎ別れ、一方ひとかたならぬ嘆きなれども、和殿わとのばらを成人させて、一所にこそなけれども、国の内にありと思へば、頼もしくこそ思ひつるに、秀衡ひでひら何と思し召しさうらふやらん、二人の子どもを皆御供せさせ給へば、一旦の恨みはさる事なれども、子どもを成人せさせて、人数に思はれ奉るこそ嬉しけれ。ひまなく合戦に会ふとも、臆病おくびやうの振る舞ひして、父のかばねに血をえし給ふなよ。高名かうみやうして、四国西国さいこくの果てにおはすとも一年二年に一度も命のあらんほどは、下りて見もし、見えられよ。一人止まりて、一人絶えたるだに悲しきに、二人ながら遙々と別れては、いかがせん』とまうこゑをもしまず泣き候ひしを振り捨てて、『さうけたまはり候ふ』とばかり申して打ち出で候ふよりこの方、三四年つひ音信おとづれも仕らず。




『老いの末になって、わたしばかりが悲しい目に合って、子どもに縁のない身だと知ることになろうとは。信夫庄司(佐藤基治もとはる)と別れ(この時、
基治は生存していたらしいが)、たまたま親しくなって不幸に遭った伊達の娘とも別れて、悲しみは募るばかりでしたが、あなたたちを成人させて、一所ではなくとも、国内にいると思えば、頼もしく思っていましたが、秀衡(藤原秀衡)はどう思われたのか、二人の子どもを皆供に付けられて、その時ばかりは恨みにも思いましたが、子どもを成人せさせて、物の数に入ったことをうれしく思います。隙なく合戦に遭おうとも、臆病な振る舞いをして、父の屍に泥を塗るようなまねはしないでおくれ。高名を立てて、四国西国の果てにいようとも、一年二年に一度くらいは命のある限りは、下ってわたしの顔を見て、あなたたちの顔も見せてください。一人残り、一人別れるのさえ悲しいことなのに、二人ともに遥か遠くに別れて、どうすればよいのでしょう』と申して声を惜しまず泣くのを振り捨てて、『必ずや帰って参ります』とばかり申して出てから、三四年遂に文を出すことさえありませんでした。


続く


by santalab | 2014-02-25 22:49 | 義経記

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