川連の法眼これを聞きて、賎しげに言はれたりと思ひて、悪所も嫌はず、谷越しに喚いてぞかかる。忠信これを見て、六人の者どもに逢ひて申しけるは、「これらを近付けては悪しかるべし。御辺たちはこれにて敵の問答をせよ。某は中差し二つ三つに弓持ちて、細谷川の水上を渡り、敵の後ろに狙ひ寄り、鏑一つぞ限りにてあらん。楯突いて居たる悪僧奴が、首の骨か押し付けかを一矢射て、残りの奴ばら追ひ散らし、楯取りて打ち被き、中院の峰に上りて、突き迎へて、敵に矢を尽くさせ、御方も矢種の尽きば、小太刀抜き、大勢の中へ走り入りて、斬り死に死ねや」とぞ申しける。
川連法眼はこれを聞いて、馬鹿にされたと思い、悪所にも関わらず、谷越しに喚んで攻めかかりました。忠信(佐藤忠信)はこれを見て、六人の者どもを前にして申すには、「やつらを近付けては面倒だ。お主たちはここにて敵と問答をしろ。わたしは中差し(征矢)を二三本に弓を持ち、細谷川の上流を渡り、敵の後ろに回って射てやろう。鏑矢は一本しかない。楯を並べている悪僧([武勇に秀でた荒々しい僧。荒法師])たちの、首の骨か押し付け([押付の板]=[鎧の背の上部])を一矢射て、残りの奴らを追い散らし、楯を奪い取って、中院の峰に上り、防戦して、敵に矢を尽くさせ、味方も矢種が尽きれば、小太刀を抜き、大勢の敵の中へ走り入って、斬りまくって死ね」と申しました。
(続く)