八方を走り廻りて狂ひけるを、寄せ手の者ども申しけるは、「敵も御方も討ち死すれども、弁慶ばかり如何に狂へども、死なぬは不思議なり。音に聞こえしにも勝りたり。我らが手にこそかけずとも、鎮守大明神立ち寄りて蹴殺し給へ」と呪ひけるこそ痴がましけれ。武蔵は敵を打ち払ひて、長刀を逆様に杖に突きて、二王立に立ちにけり。偏へに力士の如くなり。一口笑ひて立ちたれば、「あれ見給へあの法師、我らを討たんとてこなたを守らへ、痴笑ひしてあるは只事ならず。近く寄りて討たるな」とて近づく者もなし。しかる者申しけるは、「剛の者は立ちながら死する事あると言ふぞ。殿ばら当たりて見給へ」と申しければ、「我当たらん」と言ふ者もなし。ある武者馬にて辺りを馳せければ、疾くより死したる者なれば、馬に当たりて倒れけり。長刀を握りすくみてあれば、倒れ様に先へ打ち越す様に見えければ、「すはすはまた狂ふは」とて馳せ退き馳せ退き控へたり。されども倒れたるままにて動かず。その時我も我もと寄りけるこそ痴がましく見えたりけれ。立ちながらすくみたる事は、君の御自害のほど、人を寄せじとて守護の為かと思えて、人々いよいよ感じけり。
弁慶は八方を走り回って暴れたので、寄せ手の者たちが言うには、「敵も味方も討ち死にしたが、弁慶ばかりがあれほど暴れ回って、死なずにいるのは不思議なことだ。噂に聞くよりすごい奴だ。我らの手にかけることはできずとも、どうか鎮守大明神よここに立ち寄り奴を蹴殺してくだされ」と呪いましたが叶いませんでした。武蔵坊弁慶は敵を追い払い、薙刀をさかさまにして杖につき、仁王立ちして立っていました。まるで力士のようでした。口には笑みを含み立っていたので、「あれを見よあの法師だ、我らを討とうとここを守っておるが、笑っているのはいったいどういうつもりか。近づいて討たれるなよ」と言って弁慶に近づく者はいませんでした。ある者が言うには、「剛の者は立ちながらにして死ぬことがあると言う。殿たちよ近寄って見よ」と言いましたが、「わしが見てこよう」と言う者もいませんでした。ある武者が馬で近く馳せ寄ると、すでに弁慶は死んでいたので、馬に当たって倒れました。弁慶は薙刀を強く握り締めていたので、倒れ様に薙刀の先を前に差し出すように見えたので、兵たちは「おいおいまた暴れ回るぞ」と言って急ぎ逃げて様子を窺っていました。けれども弁慶は倒れたまま動きませんでした。その時我も我もと弁慶に近寄りましたが身の程知らずと言うほかありませんでした。立ち死にしながらにらみを利かせていたのは、君(源義経)の自害に、人を寄せないための守護をするためと思われて、者どもはますます弁慶を誉めたのでした。
(続く)