人気ブログランキング | 話題のタグを見る

Santa Lab's Blog


「義経記」吉野法師判官を追ひかけ奉る事(その21)

弁慶を召して、「これ一つづつ」とおほせければ、直垂ひたたれの袖のうへに置きて、ゆづり葉をりて敷き、「一つをば一乗の仏に奉る、一つをば菩提の仏に奉る。一つをば道租神だうそじんに奉る。一つをば山神護法さんじんごわうに」とて置きたりけり。餅を見れば十六あり、人も十六人、君の御前おまへに一差し置き、残りをば面々にぞ配りける。「今一つ残るに仏のもちひとて四つ置きたるに、取り具して、五つをばそれがし得分とくぶんにせん」とまうす。皆人々これを賜はつて、手々に持ちてぞ泣きける。「あはれなりける世の習ひかな、君の君にて渡らせ給はば、これほどに心ざしを思ひまゐらせば、毛良きよろひ骨強ほねづよき馬などを賜はつてこそ、御恩のやうにも思ひまゐらせさうらふべきに、これを賜はつて、しかるべき御恩の様に思ひなし、悦ぶこそ悲しけれ」とて、鬼神を欺き、妻子をもかへりみず、命をも塵あくたとも思はぬ武士もののふども、皆鎧の袖をぞ濡らしける、心の内こそ申すばかりはなし。




義経は弁慶を呼んで、「これを一つづつ配れ」と申して、直垂([衣])の袖の上に置いて、譲り葉([ユズリハ科の常緑高木])を折り敷き、「一つを一乗仏([仏。一乗=大乗仏教])に奉りまする、一つを菩提仏([仏])に奉りまする。一つを道租神(路傍の神)に奉りまする。一つを山神護法(山神山霊と護法善神)に」と申して置きました。餅を見ると十六個あり、人も十六人いました、君(義経)の御前に一つ置き、残りを面々にぞ配りました。弁慶は「あと一つ残るが仏の餅にと四つ置いたのを、取って、五つをわたしのものにしよう」と申しました。それぞれ餅を賜わって、手に持って泣いていました。弁慶は「悲しいのが世の中というものでしょうか、君が君であられたなら、これほどに感謝されたのなら、よい鎧、骨太の馬も与えられて、恩に報いられることでしょうが、餅を賜って、恩に思い、よろこぶとは」と申したので、鬼神をも恐れず、妻子も捨てて、命を塵芥とも思わない武士たちは、皆鎧の袖をぞ濡らしました、心の内は申すまでもないことでした。


続く


by santalab | 2014-02-27 11:46 | 義経記

<< 「義経記」吉野法師判官を追ひか...      「義経記」吉野法師判官を追ひか... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧