「ああ過てり過てり、弓矢の家に生まれし身の、あつぱれ功名手柄して、勇士の誉れを後世に残すこそこの世における本懐なれ。何事ぞ、真の武士の唇に上ぼすも忌まはしき一女子の色に迷うて、あたら月日を夢現の境ひに過ごさんとは。あはれ南無八幡大菩薩も照覧あれ、滝口時頼が武士の魂の曇りなき証拠、真この通り」と、床なる一刀すらりと抜きて、青燈の光に差し付くれば、爛々たる氷の刃に水も滴らんず無反りの切つ先、鍔を含んで紫雲の如く立ち上る焼き刃の匂ひ目も醒むるばかり。打ち見やりて時頼につこと打ち笑み、二振り三振り、ふと平見に映る我が顔見れば、こはいかに、肉落ち色青白く、ありし昔に似もつかぬ悲惨の容貌。打ち驚きて、矯めつ、眇めつ、見れば見るほど変はり果てし面影は我なれで外になし。さてもやつれたるかな、恥しや我を知れる人はかかる姿を何とか見けん―。そもかくまで骨身をいためし哀れを思へば、深さは我ながら程知らず、これも誰がため、思へばつれなの人心かな。
「ああ何と言うことか、弓矢持つ武士の家に生まれた身ならば、りっぱに名を上げ手柄を立てて、勇士の名誉を後世に残すことこそこの世における本意であろう。何事か、真の武士が口にすることさえ憚られる一人の女子の色香に心迷い、惜しい月日を夢うつつの境で過ごすとは。ああ南無八幡大菩薩([八幡神]=[源氏の氏神ですが、広く武家の守護神])もご覧あれ、滝口時頼の武士の魂を持つ潔白な証拠を見せようぞ、まさにこの通り」と、床に置いた刀をすらりと抜いて、青燈([青い布や紙を張った読書用の灯火])の光に差しかざすと、爛々([鋭く光るさま])と冷たく光る刃に切れ味よさげな反りのない先端が、つばから延びてまるで紫雲のように立ち上る刃に目も醒めるほどでした。時頼は刀に目を遣りにこりと微笑むと、刀を二振り三振りして、ふと刀に映る己の顔を見ました、思いもしなかったことに、肉は落ちて色は青白く、かつての昔に似ても似つかない痛ましいほどの顔付きでした。時頼は驚いて、あれや、これやと、何度も見返しましたが変わり果てた面影は己のほかの何者でもありませんでした。それにしてもやつれ果てたものだ、恥しいことだがわたしを知る者たちはこんな姿を何と見ていたのだろうか―。ここまで骨身を痛めた悲しみを思うと、深さは我ながら果てを知らず、これはいったい誰のせいなのか、思えば薄情な人(横笛)の心よ。
(続く)