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「滝口入道」溜涙(その2)

ある日、滝口は父なる左衛門に向かひ、「父上に事改めて御願ひ致しき一義あり」。左衛門「何事ぞ」と問へば、「かかる事、我が口より申すはいかがなものなれども、二十を越えて早や三歳にもなりたれば、家に洒掃さいさうの妻なくてはよろづに事かけてこころよからず、幸ひ時頼ときより定め置きし女子をなごあれば、父上より改めて婚礼を御取り計らひ下されたく、願ひと言ふはこの事に候ふ」。人伝てに名を聞きてさへ恥ぢらふべき初妻うひづまが事、顔赤らめもせず、落ち付き払ひし言葉の言ひ様、仔細ありげなり。左衛門笑ひながら、「これはな願ひを聞くものかな、遅かれ早かれ、いづれ持たねばならぬ妻なれば、相応ふさはしき縁もあればと、我もくより心掛け居りしぞ。してそなたが見定め置きし女子とは、いづれの御内みうちか、ただしは御一門にてもあるや、どうぢや」。「それがしが申せし女子は、さる門地ある者ならず」。「さらばいかなる身分の者ぞ、衛府付きの侍にてもあるか」。「いや、さる者には候はず、御所の雑仕ざうしに横笛と申す者、聞けば御室おむろ渡りの郷家の娘なりとの事」。




ある日、滝口(斎藤時頼ときより)は父である左衛門(斎藤茂頼もちより)に向かい、「父上に事改めてお願い申し上げたいことがございます」と言いました。左衛門(茂頼)が「いったい何事じゃ」と聞くと、時頼は「このような事を、わたしの口から申すのもいかがなことかと思いますが、二十を越えてはや三歳にもなりますれば、家に洒掃([掃除])の妻なくては万事都合が悪ろうございます、幸いにわたしが決め置いた女子がございますれば、父上より改めて婚礼をお取り計らいくださいますよう、願いと申すのはこの事でございます」と答えました。人伝てに名を聞いただけで恥しく思う初妻(横笛)のことを、顔を赤らめもせず、落ち付き払って話す様は、何か訳あってのことのようでした。茂頼は笑いながら、「これは意外の願いを聞くものじゃ、遅かれ早かれ、いずれ持たねばならぬ妻なれば、お前にふさわしい縁があればと、わしも早くより気に掛けていたのじゃ。してお前が決めたという女子とは、いったい誰の身内か、まさか平家一門の者か、どうじゃ」と訊ねました。時頼は「わたしが申す女子は、そのような門地([家柄])の者ではございません」と答えました。茂頼は「ならばどのような身分の者なのじゃ、衛府の侍の娘か」と聞きました。時頼は「いいえ、そのような者ではございません。御所の雑仕([下級女官])で横笛と申す者でございます、聞くところによりますと御室(今の京都市右京区)あたりの郷家([里家])の娘だそうです」と答えました。


続く


by santalab | 2014-03-05 00:26 | 滝口入道

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