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「滝口入道」託命(その7)

月は照れども心の闇に夢ともうつつとも思えず、行方も知らず歩み来りしが、ふと頭を上ぐれば、こはいかに身はいつの間にか御所の裏手、中宮の御殿のほとりにぞ立てりける。この春より来慣れたる道なればにや、思はぬ方に迷ひ来りしものかなと、つれなかりし人に通ひたる昔忍ばれて、築垣ついがきもとに我知らずたたずみける。折りからかたはらなる小門の陰にて「横笛」と言ふ声するに心付き、思はず振り向けば、立烏帽子に狩衣着たる一個の侍のこなたに背を向けたるが、年の頃五十計りなる老女と額を合わせてささやけるなり。




月は照っていましたが心の闇の中を夢とも現とも思えず、時頼(斎藤時頼ときより)は行方も知らず歩いていました、ふと顔を上げると、どうしたことかいつの間にか御所の裏手、中宮(平清盛の娘、徳子)の御殿のほとりに立っていました。この春より来慣れた道でしたので、思わず迷い来たのかと、つれない人(横笛)の許に通っていた頃を思い出して、築垣([土塀])の下に立っていました。ちょうどその時近くの小門の陰から「横笛」と言う声がするのに気付いて、時頼が思わず振り向けば、立烏帽子に狩衣を着た一人の侍がこちらに背を向けて、年の頃五十ばかりの老女と顔を合わせてひそひそ話していました。


続く


by santalab | 2014-03-06 12:17 | 滝口入道

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