ある日のこと。滝口時頼が発心せしと、誰れ言ふとなく大奥に伝はりて、さなきだに口さがなき女房どの、寄ると触ると滝口が噂に、横笛轟く胸を抑へて陰ながら様子を聞けば、つれなき恋路に世をはかなみての業と囃すに、人の手前も打ち忘れ、思えず「そは真か」と力を入れて尋ぬれば、女房ども、「罪造りの横笛殿、あたら勇士を木の端とせし」。人の哀れを面白げなる高笑ひに、これはとばかり、早速のいらへもせず、つと己が部屋に走り帰りて、終日夜もすがら泣き明かしぬ。
ある日のことでした。滝口時頼(斎藤時頼)が発心([仏門に入ること])したと、誰が言うことなく大奥に伝わると、ただでさえ噂好きな女房たちのことでしたので、集うにつけ寄るにつけ滝口の噂でもちきりでした、横笛ははやる気持ちを押さえて陰から様子を聞いていましたが、つれない恋路に世をはかなんでのことだと話し合っていました、横笛は人の手前だということも忘れて、思わず「それは本当ですか」と力をこめて訊ねました。女房たちは、「罪造りの横笛殿ではありませんか、あれほどの勇士を袖にしたそうですね」と答えました。人の悲しみを面白おかしく大笑いしました、横笛はどうすることもできずに、返事もしないまま、急ぎ己の部屋に走り帰って、一日夜通し泣き明かしました。
(続く)