Santa Lab's Blog


「宇津保物語」俊蔭(その29)

東面の格子一間上げて、琴をみそかに弾く人あり。立ち寄り給へば、入りぬ。「飽かなくにまだきも月の」などのたまひて、簀子すのこの端に居給ひて、「かかる住まひし給ふは、誰ぞ。名告りし給へ」などのたまへど、いらへもせず。内暗うちぐらなれば、入りにし方も見えず。月やうやう入りて、

立ち寄ると 見る見る月の 入りぬれば 影を頼みし 人ぞわびしき

また、
入りぬれば 影も残らぬ 山の端に 宿惑はして 嘆く旅人

などのたまひて、かの人の入りにし方に入れば、塗籠ぬりごめあり。そこに居て物のたまへど、をさをさ答へもせず。若小君、「あな恐ろし。音し給へ」とのたまふ。「おぼろけにては、かく参り来なむや」などのたまへば、けはしなつかしう、童にもあれば、少しあなづらはしくや思えけむ、
蜻蛉の あるかなきかに ほのめきて あるはあるとも 思はざらなむ

と、ほのかに言ふ声、いみじうをかしう聞こゆ。いとど思ひ増さりて、「まことは、かくてあはれなる住まひ、などてし給ふぞ。が御族にか物し給ふ」とのたまへば、女、「いさや、何かは聞こえさせむ。かう浅ましき住まひし侍れど、立ち寄りふべき人もなきに、怪しく、思えずなむ」と聞こゆ。君、「『疎きより』としも言ふなれば、おぼつかなきこそ頼もしかなれ。いとあはれに見え給ひつれば、え罷り過ぎざりつるを、思ふもしるくなむ。親物し給はざなれば、いかに心細く思さるらむ。誰と聞こえし」などのたまふ。答へ、「誰と、人に知られざりし人なれば、聞こえさすとも、え知り給はじ」とて、前なる琴を、いとほのかに掻き鳴らして居たれば、この君、「いと怪しくめでたし」と聞き居給へり。夜一夜物語し給ひて、いかがありけむ、そこに留まり給ひぬ。




若小君が俊蔭の家の中を見ると、東面の格子(窓のようなものですが、左右ではなく上下に開けるような構造らしい)を一間だけ(約1.8m)上げて、琴を隠れて弾く人がいました。若小君は家に近づいて、中に入っていきました。「まだ夜に飽きていないのに月が」などと言いながら、簀子の端までやってきて、「こんなに荒れ果てた家に住むあなたは、誰ぞ。名前を教えてほしい」と言いましたが、返事はありませんでした。部屋の中は暗くて、入口は見えませんでした。月がようやく隠れたので、

この家に立ち寄ると、みるみるうちに月は隠れてしまいました。月影を頼りにここまで来たのに、影さえも見えなくなってやりきれぬ思いです。

また、
月が隠れてしまったので、あなたの影も山の端に消えてしまったのでしょうか。あなたの部屋も見失って、悲嘆にくれるわたしです。

と言って、娘が家に入っていった通りに入っていけば、塗籠(寝所でしょう)がありました。若小君は塗籠に入って何か言ったけれど、まったく返事はありません。若小君は、「ああこわい。返事をしておくれ」と言いました。娘は「こんな夜遅くに、どうしてやって来たのですか」と答えると、急に人が懐かしく思えました、まだ少年だったので、少し親近感さえ覚えて、
かげろう(トンボ)のようにいるのかいないのかわからないようなわたしですが、わたしの声をほのかに感じて、ここにいることがあなたにわかったかしら。

と、小さく言う声が、とてもかわいく若小君には聞こえました。若小君は、よりいっそう逢いたい思いが強くなって、「本当に、どうしてこんなにさみしい所に住んでいるのか。誰の氏族にあたる人か話してみよ」と言えば、娘は、「さあ、とりたてて話すようなことはありません。このようなみすぼらしい家に住んでいると、訪れてくれる人もいませんから、不安に思うことも、ありません」と答えました。若小君は、「『人とかかわりが薄いから』と言うのならば、このわたしを不安に思うかもしれないがどうか信頼してほしい。とてもあわれに思って、家の前を通り過ぎるところを、気になって中に入って来たのだ。親もいないのであれば、どんなに心細く思うことだろうか。親は何という名か」と言うと、返事は、「誰だと申したところで、知られた人ではありませんから、たとえ、答えたところで、知らないでしょう」と言って、前に置かれた琴を、とても静かに掻き鳴らしました、若小君は、「とても不思議でみごとな音だ」と聞いていました。一晩中物語(物語はあんなことやこんなことです)をして、どういうことでしょうか(あんなこと)、娘の家で過ごしたのでした。


続く


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by santalab | 2014-04-20 08:25 | 宇津保物語 | Comments(0)

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