Santa Lab's Blog


「宇津保物語」俊蔭(その31)

深き契りを、夜一夜、心の行く限りし明かし給ふも、会ひ難からむことを、今より、いみじう悲しう思さるるほどに、明かくなれば、さてもあるまじう、「思し騒ぐらむ」と、いみじければ、なほ、「いかがすべき。『今日ばかりは、なほ、かうても』と思へど、同じ所にてだに、片時、御前ならぬ所には据ゑ給はず、あからさまの御供にもはづし給はず。昨日、心地の悪しく思えしかば、参るまじかりしを、せちにのたまひしかば。『そも、かう、ここに参り来べかりければこそ』と、今なむ思ひ知らるる。さらに、心にては、夢にもおろかなるまじけれど、参り来むことのわりなかるべきこと」とのたまへば、女、

あき風の 吹くをも嘆く 浅茅生に 今はとかれむ 折をこそ思へ

と、ほのかに言へば、ふたしへに、いとほしく、あはれなることを思ひ入りて、
葉末こそ あきをも知らめ 根を深み それ道芝の いつか忘れむ

「あが仏、疎かなるに、な思しそ。さりとも、かくてやむべきにもあらず。ただ慎ましきほどばかりぞ」とのたまひて、起きて出で給ふに、なほいみじう悲しう思さるれば、単衣ひとへの袖を顔に押し当てて、とばかり泣き入りて、かくのたまふ。
宿思ふ 我出づるだに あるものを 涙さへなど とまらざるらむ

とのたまへば、女、うち泣きて、
見る人も 名残りありげも 見えぬ世を 何と偲ぶる 涙なるらむ

と言ふ様も、いと心苦しけれど、殿のこともいとほしければ、返す返す契り置きて出で給ふに、殿の内をだに、人数多あまたしてこそ歩き給へ、ただ一所帰り給ふに、いづれの道とも知り給はぬうちに、あはれなる人を見捨てつるに、あれか人にもあらぬ心地して、見巡らして、辻に立ち給へり。




深い契りを、一晩中、思い残すことがない朝を迎えましたが、再び逢うことも難しいであろうと思えば、今になって、とても悲しく思うほどに、明るくなってしまったので、ずっとこうしているわけにもいかず、「心が落ち着かない」と、悲しんで、それでもなお、「どうすればいいのだろう。『今日だけは、やはり、ここに居ようか』と思いましたが、父はいつも同じ所に居ても、片時も、御前でない所には付けず、ほんの少しの間も御供をはずすこともないのでした。やはり戻って、昨日は、気分が悪かったので、参らなかったことを、強く訴えなければ。『そもそも、こうして、ここを訪れたからだ』と、今になって思い知らされた。もちろん、心の中では、夢々あなたのことをいいかげんになど思ってはいないけれども、どんな顔をして父の許に帰ればいいのか」と言ったので、女は、

秋風が吹くだけでも嘆く浅茅生ですから、浅茅生の家に住むわたしは、飽き風に吹かれたと思って、今は別れる時だとあきらめましょう。

と、小さな声で言いました、若小君はよりいっそう、女がいとおしく、かわいそうだといちずに思って、
葉の先だからこそ秋を知っているのです。根を深くする雑草ならば、すぐに忘れてしまうことでしょう。

「大事な人だと思っていることは、言うまでもないことだが、どうしてそんな風に思うのです。そうはいっても、この別れを止めることはできないけれども。今から出ていこうとするわたしが気おくれしてしまう」と言って、起きて家から出ていこうとしたので、女はなおも悲しく思って、単衣の袖に顔を押し当てて、しばらく泣いていました、若小君はこう言いました。
ずっとここに留まる気持ちを堪えて、わたしは今からここを出て行こうと思う。どうして、涙さえも留まることができないのでしょう(どうか涙だけはとめてください)。

と言えば、女は、泣いて、
逢った人も、その人が名残り惜しそうにも見えないこんな無常の世の中を、どうして涙はこんなにも恋しく思うのでしょうか。

と言う姿を見ると、若小君はとても心苦しくありましたが、殿(父)のことも大事であれば、何度も約束を交わして家を出ましたが、宮中の中でさえ、人を大勢引き連れて歩く身でしたので、ただ一つの所に帰るのさえ、どの道なのかわからず、かわいそうな人を見捨ててきたこともあって、いったい自分が誰かわからないような気になって、まわりを見渡して、ただ道のまん中につっ立ったままでした。


続く


[PR]
by santalab | 2014-04-22 00:51 | 宇津保物語 | Comments(0)

<< 「宇津保物語」俊蔭(その32)      「承久記」宇治の敗るる事(その10) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
さらに付け加えますと、こ..
by 八島 守 at 09:03
おそらく「国民文庫」だと..
by santalab at 21:09
こんにちは。今日はSan..
by 佐藤綾乃 at 18:44
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧