三、四日吹きて、吹き返し寄せたり。浜を見れば、播磨の明石の浜なりけり。大納言、南海の浜に吹き寄せられたるにやあらむと思ひて、息づき伏し給へり。船にある男ども、国に告げたれども、国の司詣で訪ふにも、え起き上がり給はで、船底に伏し給へり。松原に御筵敷きて、下ろし奉る。その時にぞ、南海にあらざりけりと思ひて、からうして起き上がり給へるを見れば、風いと重き人にて、腹いとふくれ、こなたかなたの目には、李を二つつけたるやうなり。これを見奉りてぞ、国の司もほほ笑みたる。
風は、三、四日吹き続いて、その後に吹き返しの風が寄せました。浜を見ると、播磨(兵庫県の西南部)の明石の浜でした。大納言(大伴御行)は、南海の浜に吹き寄せられたのではないと思っていたので、息はしていましたが伏したままでした。船に乗っていた男たちが、浜に着いたことを国に知らせましたが、国司がやって来た際にも、起き上がることができずに、船底に倒れ伏したままでした。男たちは大納言を船から降ろして、松の生える浜に筵を敷いて寝かせました。その時にやっと、南海ではないことに気がついて、やっとのことで起き上がるのを見れば、風病(脳卒中らしい)の重病者のようで、左右の目は、李を二つ付けたように飛び出していました。これを見て、国司も笑ってしまいました。
(続く)