翁、喜びて、家に帰りて、かぐや姫に語らふやふ、「かくなむ、帝の仰せ給へる。なほやは仕うまつり給はぬ」と言へば、かぐや姫、答へていはく、「専ら、さやうの宮仕へ、仕うまつらじと思ふを、強ひて仕うまつらせ給へば、消え失せなむず。御官爵仕うまつりて、死ぬばかりなり」。翁答ふるやう、「なし給ひそ。爵も、我がが子を見奉らでは、何にかせむ。さはありとも、などか宮仕へをし給はざらむ。死に給ふべきやうやあるべき」と言ふ。「なほ虚言かと、仕うまつらせて死なずなあると見給へ。数多の人の心ざし疎かならざりしを、空しくなしてしこそあれ、昨日今日、帝ののたまはむことにつかむ、人聞きやさし」と言へば、翁、答へていはく、「天下のことは、とありとも、かかりとも、御命の危さこそ、大きなる障りなれば、なほ仕うまつるまじきことを、参りて申さむ」とて、参りて申すやう、「仰せのことの賢さに、かの童を参らせむとて仕うまつれば、『宮仕へに出だし立てば、死ぬべし』と申す。造麻呂が手に生ませたる子にてもあらず。昔、山にて見つけたる。かかれば、心ばせも世の人に似ず侍る」と奏せさす。
おじいさんは、喜び勇んで、家に帰って、かぐや姫に話すには、「かくかくしかじかと、帝がおっしゃられたのじゃ。すぐに出仕してくれぬか」と言うと、かぐや姫が、答えて言うには、「わたしはまったく、宮仕えをして、帝に仕えるつもりなどありません、もし出仕を強要なさるならば、この世から消えてしまおうとするでしょう。おじいさんは官爵を授けられて、わたしは死ぬだけのことです」。おじいさんが答えるには、「どうしてそんなことを言うのじゃ。わしが爵をもらったところで、我が子を見ることができなくなっては、元も子もないことじゃ。そうはいうものの、どうしてそんなに宮仕えを嫌がるのじゃ。死んでしまうほどのことじゃなかろう」と言いました。かぐや姫は、「もしも嘘だと思うのなら、出仕させてみて死ぬのかどうか確かめてください。多くの求婚者の気持ちを疎かにして、結局何もなかったのであれば、昨日今日、帝がおっしゃったことを大切にしては、どんな評判が立つことでしょうそれがつらいのです」と言えば、おじいさんが、答えて言うには、「この世というものは、思うままにはいかないにしろ、果たしてそうかも知れないが、かぐや姫の命を危うくする、大きな障害になると言うならば、決して出仕はさせないと、内裏に参って申してこよう」と言って、帝に参って申し上げるには、「仰せ恐れ多いことながら、かぐや姫を出仕させようとしましたが、『出仕させれば死にます』と言うのでございます。かぐや姫はわたし造麻呂が生ませた子でもございません。昔、山で見つけたのです。そのような訳で、心も世の人に似ていないのでございます」と奏上しました。
(続く)