竹取、心惑ひて泣き伏せる所に寄りて、かぐや姫言ふ。「ここにも、心にもあらでかく罷るに、昇らむをだに見送り給へ」と言へども、「何しに、悲しきに、見送り奉らむ。我を、いかにせよとて、捨てては昇り給ふぞ。具して率ておはせね」と、泣きて伏せれば、御心惑ひぬ。「文を書き置きて罷らむ。恋しからむ折々、取り出でて見給へ」とて、うち泣きて書く言葉は、
この国に生まれぬとならば、嘆かせ奉らぬほどまで侍らで過ぎ別れぬこと、返す返す本意なくこそ思え侍れ。脱ぎ置く衣を形見と見給へ。月の出でたらむ夜は、見遣こせ給へ。見捨て奉りて罷る空よりも、落ちぬべき心地する。
と書き置く。
竹取のおじいさんは、うろたえて泣き伏せっているおばあさんの所へ寄ると、かぐや姫が言いました。「わたしもとても悲しくて、望むことではなく去っていかなければなりません、どうかわたしが月に昇っていくのを見送ってください」と言いいました、おじいさんは、「どうして、こんなに悲しいのに、かぐや姫を見送ることなどできよう。わしたちを、どんな訳があろうとも、ここに置いたまま月に昇らせはせぬぞ。かぐや姫と一緒に月へ連れて行っておくれ」と、泣いて頼むので、かぐや姫の心は揺れるのでした。かぐや姫は、「文を書いて置いていきます。わたしのことを恋しく思う度に、文を取り出して読んでください」と言って、泣きながら書く文章には、
この国に生まれぬこの身ですから、おじいさん、おばあさんを嘆き悲しませるほど長い間過ごした後に別れなければならないことが、悔みきれなくて、くれぐれも本心ではないということだけはわかってください。ここに着物を脱いで置いていきますから形見と思ってください。月が出る夜は、月を見上げてください。おじいさん、おばあさんを見捨てて帰る空から、落ちてしまえばよいのにと願っておじいさんとおばあさんを月から拝見することにいたします。
と書き置きました。
(
続く)