世の常ならず厳めしき船の様も、ただ押し出づるままに、果て果ては雲も霞も一つ消え行くまで、御簾を引き上げて眺め給ふ御気色の、限りなく悲しきを、大将は、我しも劣るべきならねど、いかで過ぐし給ふべき年月ならむと、あはれに見捨て難けれど、「かばかりも例なきこと」と、便なく物給はせしかば、七日ありて帰り給ふ別れもまたあはれなり。大将、
しらざりし わかれにそへる わかれかな これもや世世の 契りなるらむ
宮、
いかなりし よよの別れの むくひにて 命にまさる ものおもふらむ
とても押し当て給ふを、
万に慰めて出で給ふも、
珍かにあはれなり。
格別に荘厳な船でしたが、ただ押し出すままに、果ては雲も霞も一つとなって消えて行きました。宮(弁少将氏忠の母)は御簾を引き上げて船を最後まで眺めてながら、限りなく悲しそうな表情をしていました、大将(弁少将の父)は、我も悲しみは決して劣るものではないと思いながらも、后宮はこの地で息子の帰りを待ちながらどのように過ごすことだろうと、かわいそうで見捨てることはできませんでしたが、「そのような理由で出仕を止める訳にはいかないのだ」と、どうしようもないことだと申して、七日あって都に帰って行くのもまたあわれなことでした。大将は、
息子と別れその息子を待つ妻と別れ行くが、このような別れが待っていることを今まで知らずにいたことよ。これも前世の因果であろうか。
后宮は、
どんな前世の報いで、命にもまさる悲しみに遭わなくてはならないのでしょうか。
と顔を押し当てて泣きました、大将はあれやこれやと慰めて出でて行きましたが、方々世にないほどに悲しい別れとなりました。
(
続く)