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「太平記」結城入道堕地獄事(その2)

この入道すでに目を塞がんとしけるが、がつぱと跳ね起きて、からからと打ち笑ひ、わなないたる声にて云ひけるは、「我すでによはひ七旬に及んで、栄華身に余りぬれば、今生に於いては一事も思ひ残す事候はず。ただ今度罷り上つて、遂に朝敵てうてきを亡ぼし得ずして、空しく黄泉くわうせんの旅にをもむきぬる事、多生広劫たしやうくわうごふまでの妄念まうねんとなりぬと思へ候ふ。されば愚息にて候ふ大蔵権少輔ごんのせうにも、我が後生ごしやうとぶらはんと思はば、供仏施僧くぶつせそう作善さぜんをも致すべからず。更に称名読経どくきやう追賁つゐひをも成すべからず。ただ朝敵の首を捕つて、我が墓の前に懸け並べて見すべしと云ひ置きける由伝へて給はり候へ」と、これを最後のことばにて、刀を抜いて逆手さかてに持ち、断歯はがみをしてぞ死にける。罪障深重ざいしやうじんぢゆうの人多しといへども、終焉じゆうえんにこれほどの悪相あくさうを現ずる事は、古今いまだ聞かざるのところなり。




結城入道(結城宗広むねひろ)は目を閉じようとしていましたが、がばと跳ね起きると、からからと笑い、震える声で言うには、「わしはすでに齢七旬(七十)に及び、栄華は身に余り、今生において一事も思い残すことなどない。ただこの度再び京に上り、朝敵を亡ぼすことなく、空しく黄泉([冥土])の旅に出なくてはならないことが、多生広劫([何度も生まれ変わり死に変わりする久遠くをんの時間])までの妄念([迷いの心。誤った思いから生じる執念。妄執])となるであろうと思うばかりじゃ。ならば愚息の大蔵権少輔(結城親朝ちかとも。宗広の嫡男)にも、わしの後生を弔う気持ちがあるのなら、供仏施僧([仏を供養し僧をもてなすこと])の作善([仏縁を結ぶための善事を行うこと。造仏・造塔 ・写経など])を致すなと伝えてほしい。更に称名([阿弥陀仏の御名を唱えること])読経の追賁([追善])もするなと。ただ朝敵の首を捕って、わしの墓の前に懸け並べて見せよと言い残したことを伝えてほしい」と、これを最後の言葉にて、刀を抜いて逆手に持ち、歯を食いしばって死にました。罪障深重の人多しといえども、終焉([臨終])にこれほどの悪相([不吉な兆し])を顕すことは、古今いまだに聞いたことはありませんでした。


続く
by santalab | 2014-05-20 08:15 | 太平記

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