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「太平記」結城入道堕地獄事(その3)

げにもこの道忠みちただ平生へいぜいの振る舞ひを聞けば、十悪五逆重障過極ぢゆうしやうくわごくの悪人なり。鹿を狩り鷹を使ふ事は、せめて世俗のわざなれば言ふに足らず。とがなき者を殴ち縛り、僧尼を殺す事数を知らず。常に死人の首を目に見ねば、心地の蒙気もうきするとて、僧俗男女なんによをいはず、日毎に二三人が首を斬つて、わざと目の前に懸けさせけり。さればかれがしばしもたるあたりは、死骨満ちて屠所どしよの如く、死骸積んで九原の如し。この入道が伊勢にて死したる事、道遠ければ故郷こきやうの妻子いまだ知る事なかりけるに、その頃所縁しよえんなりける律僧、武蔵の国より下総へ下る事あり。日暮れ野とほくして留るべき宿を尋ぬるところに、山伏一人出で来て、「いざ、させ給へ。この辺に接待所の候ふぞ。その所へ連れまゐらせん」と云ひける間、行脚あんぎやの僧悦びて、山伏の引導いんだうに相従ひ、遥かに行きて見るに、くろがね築地ついぢをついて、金銀の楼門を立てたり。その額を見れば、「大放火寺だいはうくわじ」と書きたり。




その言葉に違わず道忠(結城道忠=宗広むねひろ)の平生の振る舞いを聞けば、十悪五逆の重障([仏果を求めるのに障害となる重い罪業])にも過ぎる悪人でした。鹿を狩り鷹を使うことは、世俗の業でしたので言うに足りぬことでした。罪ない者を殴り縛り、僧尼を殺すことさえ数知れませんでした。常に死人の首を見なければ、心地の蒙気([気分のふさがること])がすると、僧俗男女関係なく、日毎に二三人の首を斬って、わざと目の前に懸けさせました。こうして結城入道がわずかもいるあたりには、死骨満ちて屠所([屠殺場])のように、死骸が積まれて九原([墓地])のようでした。結城入道が伊勢で死んだことは、道遠く故郷の妻子はまだ知りませんでしたが、その頃所縁の律僧が、武蔵国(現東京都、埼玉県および神奈川県川崎市・横浜市)より下総(現千葉県北部と茨城県の南西部)に下っていました。日は暮れ野は遠く泊まる宿を探していると、山伏が一人やって来て、「さあ、付いて来なさい。この辺に接待所(参拝接待所)があるのじゃ。そこへ連れて行ってやろう」と言ったので、行脚([仏道修行のため に、僧侶が諸国を歩き回ること])の僧はよろこんで、山伏が導くままに従って、遥かに行くと、鉄の築地([塀])に囲まれて、金銀の楼門([二階建ての門])が立っていました。その額を見れば、「大放火寺」と書いてありました。


続く
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by santalab | 2014-05-20 08:20 | 太平記 | Comments(0)

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