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「太平記」資朝俊基関東下向の事付御告文の事(その2)

かの資朝すけともきやうは日野の一門にて、職大理だいりを経、くわんは中納言に至りしかば、君の御覚へも他に異にして、家の繁盛時を得たりき。俊基としもと朝臣は身儒雅じゆがもとより出で、望み勲業くんげふうへに達せしかば、同官どうくわん肥馬ひばの塵を望み、長者ちやうじや残盃ざんばいれいに随ふ。むべなるかな「不義而富且貴、於我如浮雲」と言へる事。これ孔子の善言ぜんげん魯論ろろんに記するところなれば、なじかはたがふべき。夢の中に楽しみ尽きて、眼前の悲しみここに来たれり。かれを見これを聞きける人毎に、盛者必衰しやうじやひつすゐを知らでも、袖を絞りず。




資朝卿(日野資朝)は日野の一門で、職は大理([検非違使別当])を経て、官は中納言に至り、君(後醍醐天皇)の寵愛も格別で、一家は繁盛しました。俊基朝臣(日野俊基)は儒雅([儒者])の出で、望み勲業([功業])は最高に達して、同官さえも肥馬の塵を望み([肥馬の塵を望む]=[富貴な人間、権勢のある人間に追従すること])、長者も残盃の冷([残杯冷炙ざんぱいれいしや]=[冷遇されて恥辱を受けることのたとえ])のように資朝(日野資朝)に従いました。「不義にして富みかつ貴きは、我に於いて浮雲の如し(道理に背いて私腹を肥やし横柄な振る舞いをすることは、わたし=孔子には浮雲の如く危ういことに思われる)」と孔子が言ったのももっともなことでした。これは孔子の善言(『論語』)で、魯論([魯国に伝わっていた論語])に記された言葉でしたので、間違いなどあるはずのないものでした。夢の中の楽しみは尽きて、目の前には悲しみがあるばかりでした。あれを見てこれを聞く者は皆、盛者必衰の理を知らずとも、袖を絞りきることができませんでした。


続く
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by santalab | 2014-05-22 08:30 | 太平記 | Comments(0)

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