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「太平記」資朝俊基関東下向の事付御告文の事(その7)

「いかさま資朝すけとも俊基としもとの隠謀、叡慮より出でし事なれば、たとひ告文かうぶんを下されたりと言へども、それに依るべからず。主上をば遠国をんごくへ遷し奉るべし」と、初めは評定ひやうぢやう一決いつけつしてけれども、勅使宣房のぶふさきやうの被申し趣きげにもと思ゆる上、告文読みたりし利行としゆき、にはかに血を吐いて死にたりけるに、諸人皆舌を巻き、口を閉づ。相摸入道にふだうも、さすが天慮そのはばかりありけるにや、「御治世ぢせいの御事は朝議てうぎに任せ奉る上は、武家いろまうすべきにあらず」と、勅答を申して、告文を返し参らせらる。宣房の卿すなはち帰洛して、この由を奏し申されけるにこそ、宸襟しんきん始めて解けて、群臣色をばなほされけれ。さるほどに俊基朝臣は罪の疑はしきをかろんじて赦免せられ、資朝すけともきやうは死罪一等をなだめられて、佐渡の国へぞ流されける。




「何にせよ資朝(日野資朝)・俊基(日野俊基)の隠謀は、叡慮(第九十六代後醍醐天皇の考え)の考え出されたことでしたので、たとえ告文([自分の言動に虚偽のないことを、神仏に誓ったり、相手に表明したりするために書く文書])を下されたといっても、それによって判断すべきではない。主上(後醍醐天皇)を遠国に移されるべし」と、評定により定められましたが、勅使宣房卿(藤原宣房)の申されることにも一理あると思われる上、告文を読み上げた利行(斎藤利行)が、たちまち血を吐いて死んでしまったので、諸人は皆舌を巻いて驚き、口を閉じて何も言わなくなりました。相摸入道(北条高時たかとき)も、さすがに天慮([天皇の考え])に憚ったのか、「治世のことは朝議に任せるべきであれば、武家は口出しすべきではありません」と、勅答([臣下が天子の問いに答えること])を申して、告文を返進([返上])しました。宣房卿(藤原宣房)はすぐに京に戻り、これを後醍醐天皇に奏上すると、宸襟([天子の心])は落ち着き、群臣の心配もなくなりました。やがて俊基朝臣(日野俊基)は罪が疑わしいとして赦免され、資朝卿(日野資朝)は死罪一等を免れて、佐渡国へ流罪となりました(その後、佐渡で処刑された)。


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by santalab | 2014-05-22 08:51 | 太平記 | Comments(0)

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