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「太平記」後醍醐天皇御治世の事付武家繁昌の事(その8)

この時の帝後醍醐の天皇と申せしは、後宇多のゐんの第二の皇子わうじ談天門院だつてんもんゐんの御腹にておはせしを、相摸の守が計らひとして、御年三十一の時、御くらゐに就け奉る。御在位ございゐあひだ、内には三綱さんかう五常ごじやうの儀を正しうして、周公孔子の道に従ひ、ほかには万機百司はくしまつりごと不怠給、延喜えんぎ天暦てんりやくの跡を追はれしかば、四海ふうを望んで悦び、万民徳に帰して楽しむ。およそ諸道のすたれたるを興こし、一事の善をも被賞しかば、寺社禅律の繁昌はんじやう、ここに時を得、顕密儒道けんみつじゆだう碩才せきさいも、皆望みを達せり。まことに天に受けたる聖主、地に奉ぜる明君なりと、その徳を称じ、そのくわに誇らぬ者はなかりけり。




この時の帝後醍醐天皇(第九十六代天皇)と申すお方は、後宇多院(第九十一代天皇)の第二皇子で、談天門院(五辻忠子ちゆうし)の子でしたが、相摸守(北条貞時さだとき。鎌倉幕府第九代執権)の計らいで、御年三十一の時、帝位に就かれました。在位の間、内には三綱([寺内の僧尼を統轄し、庶務を処理する僧職])五常([儒教で説く五つの徳目。仁・義・礼・智・信])の儀を正しくして、周公(周公旦しうこうたん。儒家の尊崇する聖人の一人)孔子の道に従い、外には万機([帝王の政務])百司([諸司])の政治を怠らず、延喜(第六十代醍醐天皇)天暦(第六十二代村上天皇)の跡(治政)に従ったので、四海([国内])は風を望んでよろこび、万民は徳を受けて楽しみ多くありました。諸道の廃れたものを復興し、一事の善にも褒美を与えたので、寺社禅律の繁栄は、ここに時を得て、顕密儒道([顕教=密教以外の仏教。と密教・儒教])の碩才([すぐれた才能がある者])も、皆望みを達しました。天に恵みを受けた聖主、地に恵みを奉ずる明君だと、その徳を讃えました、後醍醐天皇の化([恩恵])に授からない者はいませんでした。


続く
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by santalab | 2014-05-22 22:48 | 太平記 | Comments(0)

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