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「太平記」主上御夢の事付楠事(その2)

主上これは天の朕に告げ給へるところの夢なりと思し召して、文字もんじに付けて御料簡れうけんあるに、木に南と書きたるはくすのきと言ふ字なり。その陰に南に向かふて坐せよと、二人ににんの童子の教へつるは、朕再び南面の徳ををさめて、天下の士をてうせしめんずるところを、日光につくわう月光ぐわつくわうの示されけるよと、みづから御夢を合はせて、頼もしくこそ思し召しけれ。夜明けければ当寺たうじの衆徒、成就房じやうじゆばうの律師を召され、「もしこの辺に楠と言ふ武士やある」と、御たづねありければ、「近きあたりに、左様さやう名字みやうじ付きたる者ありとも、いまだうけたまはり及ばず候ふ。河内かはちの国金剛山こんがうせんの西にこそ、楠木多門兵衛たもんひやうゑ正成まさしげとて、弓矢取つて名を得たる者は候ふなれ。これは敏達びたつ天皇てんわう四代のそん井手ゐでの左大臣橘の諸兄もろえこう公の後胤たりと言へども、民間に下つて年久し。その母若かりし時、志貴しぎの毘沙門に百日まうでて、夢想むさうを感じてまうけたる子にて候ふとて、稚名をさななを多門とはまうし候ふなり」とぞ答へ申しける。




主上(後醍醐天皇)はこれは天がわたしに告げ知らせるところの夢だと思われて、文字に書いて料簡([思慮])するに、木に南と書いて楠という字となる。その陰に南に向かって座れと、二人の童子が教えたのは、わたしが再び南面の徳を治めて、天下の武士を出仕させることを、日光菩薩月光菩薩が示されたのだと、夢に合わせて、頼もしく思われました。夜が明ければ当寺(笠置寺)の衆徒([僧])、成就房律師を呼んで、「もしやこの辺に楠と申す武士はおるか」と、訊ねました、「近くには、そのような名字の者がいると、聞いたことはございません。河内国金剛山の西には、楠木多門兵衛正成(楠木正成)と申して、弓矢取って名を得た者がございます。この者は敏達天皇(第三十代天皇)より四代の孫、井手左大臣橘諸兄公(橘諸兄)の後胤([子孫])ではございますが、民間に下って年久しくなりまする。その母が若い頃、志貴の毘沙門天(現愛知県碧南市にある妙福寺)に百日詣でて、夢想を感じて儲けた子ということで、稚名を多門と申したそうでございます(妙福寺の山号は多聞山)」と答えました。


続く
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by santalab | 2014-05-23 11:57 | 太平記 | Comments(0)

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