Santa Lab's Blog


「太平記」正成首送故郷事(その1)

湊川にて討たれし楠木判官が首をば、六条河原ろくでうかはらに懸けられたり。去んぬる春もあらぬ首を懸けたりしかば、これもまたさこそあるらめと言ふ者多かりけり。

疑ひは 人によりてぞ 残りける まさしげなるは 楠木が首

と、狂歌きやうかを札に書いてぞ立てたりける。その後尊氏たかうぢきやう楠木が首を召されて、「朝家私日てうけしじつ久しく相馴あひなれ旧好きうかうのほども不便ふびんなり。跡の妻子ども、今一度空しきかたちをもさこそ見たく思ふらめ」とて、遺跡ゆゐせきへ送られける情けのほどこそありがたけれ。楠木が後室こうしつ・子息正行まさつらこれを見て、判官今度兵庫へ立ちし時、様々まうし置きし事ども多かる上、今度の合戦に必ず討ち死にすべしとて、正行を留め置きしかば、出でしを限りの別れなりとぞかねてより思ひまうけたる事なれども、かたちを見ればそれながら目塞がり色変じて、変はり果てたる首を見るに、悲しみの心胸に満ちて、歎きの涙堰き敢へず。




湊川(現兵庫県神戸市中央区)で討たれた楠木判官(楠木正成)の首は、六条河原に懸けられました。春にも偽りの首が懸けられたので(「将軍都落事付薬師丸帰京事」)、これもまた偽物ではないかと言う者が多くいました。
この首が本当なのかと疑う者が多くいることだろう。だが確かにこれが楠木(正成)の首よ。

と、狂歌([俗語を用い、しゃれや風刺をきかせた、こっけいな短歌])を札に書いて立てられました。その後尊氏卿(足利尊氏。室町幕府初代将軍)は楠木(正成)の首を持ってこさせて、「公私ともに長い間親しくした旧好([昔からのよしみ])を思えばかわいそうに思う。後に残る妻子たちは、もう一度空しい姿をも見たいと思っているに違いない」と申して、首を遺跡に送り届けたその情けはありがたいものでした。楠木(正成)の後室(妻)・子息正行(楠木正行。正成の嫡男)はこれを見て、判官(正成)がこの度兵庫へ立つ時、様々に言い残した事が多くあった上に、今度の合戦ではきっと討ち死にするに違いないと、正行を留め置いたので、父が出て行く時を限りの別れと予期していたことではありましたが、いざ姿を見れば目は閉じ色は変わって、変わり果てたその首を見るにつけ、悲しみの心が胸に満ちて、嘆きの涙を止めることができませんでした。


続く
[PR]
by santalab | 2014-05-24 08:51 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」正成首送故郷事(その2)      「承久記」一院隠岐の国へ流され... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
こんにちは。今日はSan..
by 佐藤綾乃 at 18:44
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧