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「太平記」新田義貞落越前府城事(その7)

脇屋右衛門うゑもん前後の敵に囲まれて、とても遁れぬところなりと思ひ切つてければ、中々心を一つにして少しも気をたをまさず。後陣ごぢん高木たかきの社を当て、左右に瓜生畔うりふぐろを取つて、矢種をしまず散々に射させて、敵に少しも馬の足を立てさせず、七八度がほど遭うつひらいつ追つ立て追つ立て攻め付けたるに、細川・鹿草かくさが五百余騎、わづかの勢に懸け立てられて、鯖江さばえの宿の後ろなる川の浅瀬を打ち渡り、向かうの岸へさつと引く。結城ゆふき上野かうづけの介・河野かうの七郎しちらう熊谷くまがえ備中びつちゆうかみ・伊東大和の次郎・足立新左衛門しんざゑもん・小島越後ゑちごの守・中野藤内左衛門とうないざゑもん瓜生うりふ次郎左衛門じらうざゑもんじよう八騎のつはものども、川の瀬頭せがしらに打ち臨み、続いて渡さんとしけるが、大将右衛門うゑもんすけ、馬を打ち寄せて制せられけるは、「小勢の大勢に勝つ事は暫時ざんじの不思議なり。もし難所に向かつて敵に懸からば、水沢みづさはに利を失つて、敵かへつて機に乗るべし。今日の合戦は、不慮に出で来つる事なれば、遠所ゑんしよの御方これを知らで、左右なく馳せ来たらじと思ゆるぞ。この辺の在家に火を懸けて、合戦ありと知らせよ」と、下知げぢせられければ、篠塚五郎左衛門ごらうざゑもん馳せまはつて、高木・瓜生・真柄まがら・北村の在家二十にじふ余箇所に火を懸けて、狼烟天を焦がせり。




脇屋右衛門(脇屋義助よしすけ)は前後を敵に囲まれて、とても逃れられないと覚悟を決めて、心を一つにして少しも気弱になりませんでした。後陣に高木(現福井県越前市高木町)の社(八幡神社?)を当て、左右に瓜生(現福井県あわら市)の畔([あぜ])を取って、矢種を惜しまず散々に射させて、敵に少しも馬の足を休ませず、七八度がほど攻めては退き追っ立て追っ立て攻めると、細川・鹿草(完草彦太郎)の五百騎余りは、わずかの勢に懸け立てられて、鯖江宿の後ろなる川(日野川?)の浅瀬を打ち渡り、向こう岸へさっと引き退きました。結城上野介(結城宗広むねひろ)・河野七郎・熊谷備中守・伊東大和次郎・足立新左衛門・小島越後守・中野藤内左衛門(中野宗昌むねまさ)・瓜生次郎左衛門尉八騎の兵たちは、川の瀬頭に打ち臨み、続いて渡ろうとしていましたが、大将右衛門佐(脇屋義助よしすけ)が、馬を打ち寄せてこれを制して、「小勢が大勢に勝つことは一時の不思議ぞ。もし難所に向かって敵に懸からば、水沢に利を失って、敵が反対に勢い付くぞ。今日の合戦は、たまたま起こったことだから、遠所の味方はこれを知らず、きっと馳せ来ることはあるまい。この辺の在家に火を懸けて、合戦があることを知らせよ」と、命じたので、篠塚五郎左衛門(篠塚重広しげひろ。新田四天王の一人)が馳せ廻って、高木(現福井県越前市高木町)・瓜生(現福井県あわら市)・真柄(現福井県越前市真柄町)・北村(現福井県越前市?)の在家二十余箇所に火を懸けて、のろしは天を焦がしました。


続く
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by santalab | 2014-05-26 08:07 | 太平記 | Comments(0)

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