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「太平記」新田義貞落越前府城事(その8)

所々の宮方この煙を見て、「すはや鯖江さばえの辺にいくさのありけるは、馳せ合はせて御方に力を合はせよ」とて、宇都宮美濃の将監しやうげん泰藤やすふぢ・天野民部の大輔たいふ政貞まささだ三百余騎にて、鯖波さばなみの宿より馳せ来たる。一条いちでう少将せうしやう行実ゆきさね朝臣、二百余騎にて阿久和あくわより打ち出でらる。瓜生うりふ越前ゑちぜんかみしげし・舎弟加賀の守てらす、五百余騎にて妙法寺の城より馳せ下る。山徒三百余騎は大塩おほしほの城よりり合ひ、河島かはしま左近の蔵人惟頼これよりは、三百余騎にて三峯みつみねの城より馳せ来たり、総大将そうだいしやう左中将さちゆうじやう義貞よしさだ朝臣は、千余騎にて杣山そまやまよりぞ出られける。




所々の宮方(南朝方)はこの煙を見て、「すでに鯖江の辺で戦が始まったようだ、馳せ合わせて味方に力を合わせよ」と申して、宇都宮美濃将監泰藤(宇都宮泰藤)・天野民部大輔政貞(天野政貞)は三百騎余りで、鯖波宿(現福井県南条郡南越前町鯖波)より急ぎ参りました。一条少将行実朝臣(世尊寺行実)、二百騎余りで阿久和(現福井県南条郡南越前町阿久和)より打ち出ました。瓜生越前守重(瓜生重)・弟の加賀守照(瓜生照)は、五百騎余りで妙法寺城(現福井県越前市妙法寺山にあった山城)より馳せ下りました。山徒三百騎余りは大塩城(現福井県越前市大塩にあった山城)より下り合い、河島左近蔵人惟頼(河島惟頼)は、三百騎余りで三峯城(現福井県鯖江市にあった山城)より馳せ来ました、総大将左中将義貞朝臣(新田義貞)は、千余騎で杣山(現福井県南条郡南越前町にある山)から出ました。


続く
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by santalab | 2014-05-26 08:17 | 太平記 | Comments(0)

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